予感2
先回の記事がわかりにくいとの指摘されたのでわかりやすく書いてみたいと思います。
世間では、まだまだワクチン接種で右往左往しているように感じられます。
その前にはコロナ騒動。
私たちはどう生きていくのだろう。
これだけ多種多様な意見が飛び交っていれば、政治家が社会を統制するのは難しいだろう。
そもそも統制するつもりないのかもしれない。
なぜなら、命にかかわるとされるワクチン接種が個人の判断に促されているからです。
しかし、命について考えるのに、自分の生活と天秤にかける人は少なくないように思うがどうだろう?
生きていくために仕事をしていくらか稼いでいる人はワクチン接種の選択により職場を追われることがあるかもしれないと感じると、職場の意向通りに選択せざるを得ないのではないでしょうか?
職場からしたら統制を取るために集団接種を勧めたいかもしれないと思うのです。
しかし、実際は個人の選択を尊重すると言われます。
また、それなりに所得があり蓄えもある方はこれを機に仕事を辞める選択をし接種もしないでしょう。
そうやって、社会からリタイヤする選択をされる方もいらっしゃいます。
このコロナ問題、ワクチン問題というのは、今後の人生の選択に非常に重要に関わっているのです。
今まで、ベテランと言われる域まで働いてきた方々のリタイヤが増え、
その後に続くプロ根性のある方がいれば良いですが、居なかったら、代替わりすることなく終わるのです。
今まで社会を支えてきた人のリタイヤが増えたら、社会は今まで通り、回っていけるのでしょうか?
肝心要の人が抜けた現場の存続は難しいです。
わたしは、このコロナ問題ワクチン問題は、そんな人生を選択される人を増やすことに繋がっていることに危惧しているのです。
そうなったら社会は統制取れなくて経済は崩壊していくかもしれません。
これから先、世界の金融システムのリセットが近づいているようです。
これにより、RV(通貨評価替え)により新しい金本位制へお金の世界が劇的に
変わっていくと言われています。
コロナ問題ワクチン問題は、その序章に過ぎないとわたしは感じています。
お金の世界はどう変わっていくのでしょうか?
万が一、主要な交通が制限されたらどうなるのだろう?
医者がいなくなったら、病気になってしまったらどうするのだろう?
食糧の備蓄がなかったらどうするのだろう?
疑問が尽きません。
万が一の時には、まずは、私たち各々が持つコミニュティの最小単位で生きていかざるを得ないのではないでしょうか?
あなたには、親兄弟姉妹友人知人に自分を大切に守ってくれると感じている人はいますか?
あなたの選択を親身になって考えてくれる人はいますか?
居るなら、その人にいつも感謝して生きていますか?
居ないなら、それはどうしてですか。
頼れる相手が、もし、感情的に許せな意見相手ならどうしますか?
その時、許すのですか?
命を天秤にかけられないと分からないことや気づけないことがあるなら、
そうなる前に、許そうと思わないですか?
また、逆の立場の場合も然りです。
命を天秤にかけられて、許しを乞うことになるかもしれません。
感情ですから、その時に許されないかもしれません。
そうしたら、生きていけないかもしれない。
今朝、ある人とやりとりをしていたのですが、
自分のワクチン接種しないことをワクチン接種する人に話しても否定されなかったから嬉しい、優しい人だと言われたのですが、
そもそも、世間は、身内だと思う人には自分の意見を言うけど、他人だと思える人には自分の意見も言わないし否定もしないものです。
否定されないことが必ずしも嬉しいことではないはずです。
世間は、他人事だと感じると否定はしないものです。
自分の選択に対して、親身に考えて答えてくれる人の方が信頼できるのではないでしょうか?
ただ優しいのと親身になるのは違うものです。
もう一度、問います。
あなたを親身になって考えてくれる人はいますか?
ここまで真剣に突き詰めて考えて先回りして起こり得ることを対処すると、自分の気持ちがはっきりして安定感が得られるものです。