教会内の養子縁組
note、何を書こうか迷いましたが、統一教会(現:家庭連合)の養子縁組の話をします。
※現状、今年1月に教会のハンドブックから養子縁組を推奨する文言は削除されています。その後3月にも行政指導あり。
以下の文章は、昨年11月に国対ヒアリングに参加した際のレジュメを基に、追記・再編集したものです。
身バレを防ぐため、核心部分を伏せざるを得ません。ご了承ください。
兄が養子に出された私の話
統一教会が無ければ、両親は出会わず、私やきょうだいの存在も無かった事実は、信仰ぶれ始めた頃から酷い苦痛でした。同じ祝福二世の現役信者さんには申し訳ないけれど、これに関しては、今ですら不意にとても落ち込みます。
そして私自身は、兄が養子に出されずにいたら産まれてない可能性が高い存在です。
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私がTwitterアカウントを作った理由は「献金にノルマ無し」と発言があったことからでしたが、二世アカウントがどんどん増えていくなか、ひっそりと毎日検索し続けていたのは「統一教会 養子」でした。
8月には「養子縁組も報道で取り上げてほしい」とツイートしている当事者の方を見つけ、その時初めて養子縁組について問題を感じていると私もツイートをしています。
それ以降は、11月から取材を受けるまで養子縁組にほぼ触れず、当事者家族であることも伏せていました。
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私は、子どもの頃に両親から養子に出された兄の存在を知らされました。
母は妊娠中に、教会から声をかけられ、複数の妊婦さんが集められた部屋で「子の恵まれないこの祝福家庭に誰か」と言われたそうです。
言われた瞬間は「ええ!何故今…」と衝撃を受け苦しみ、そして、神様から与えられた使命なのだと苦渋の決断をして、身を切られるような思いで我が子を養子に出しました。
私は幼く、ただただ兄がいることに驚き、とても嬉しく思いました。そこに兄の気持ちを思うほど想像力はありませんでした。両親の決断は、聖書に出てくる“イサクの燔祭”なのだと私なりに置き換えて理解した記憶があります。
きょうだい全員が兄の存在を知ったあとは、カレンダーで兄の誕生日も私の誕生日と同じように、毎年花丸を両親が描くようになりました。ずっと描きたかっただろうと思います。
年に一度あるか無いか、養父母さんからの連絡は家族みんなの楽しみでした。
家族写真を見て「今年は私に似てる」「ここは私と同じ」など、似てる所を見つけると嬉しくて、誰に1番似てるのかできょうだいで話し合うこともよくありました。
経済的に厳しい中、両親はささやかながら贈り物をしていました。兄は両親と知らずに受け取っていたものが多いでしょう。離れているとできることが少なかったです。
兄の進路の話も聞いていました。
それは、私の希望とよく似た進路で、違う環境で生きているのに近くに感じられて嬉しかったです。
私やきょうだいは既に信仰が無いし、両親には信仰をやめてほしいと思っていた時期もありました。
それでも、養子に出された兄には信仰を持っていてほしいと、矛盾した願いを持っていました。そうでないと、両親やきょうだい、特に兄の次に産まれて両親のもとで育った私なんて到底受け入れ難く恨めしい存在だろうと悲しく思ったからです。
これは、兄自身の気持ちに全く寄り添えていない自己中心的なものだった自覚があり、二世界隈の養子の当事者の方々の被害発信を見ていて改めて感じています。ごめんなさい。
先日の養子縁組に関する報道で、教団は「複数の子供がいて養子縁組をしてもいいという家庭があった場合は、養子縁組を行ってきた」と回答しました。
それは両親の葛藤を踏みにじるものであり、許せません。
そして、「複数の妊婦さんを部屋に集め、養子縁組の話をすること」について、別の方がメディアで証言しているのを見つけました。
私が特定されていないのは、おそらくこの方法が少数ではなかったからだろうと考えています。
養子縁組を決断した家庭があったことで、しなくても良くなった家庭があるはずで、兄と同じ年齢で両親のもとで育っている二世も当然いるのでしょう。
私は養子縁組の話をすると、怒りや悲しみが滲み出てきてしまいます。
両親は兄を片時も忘れたことはないです。それは私が証言できます。
統一教会の教義は「家族を大事に」があります。
その強い信仰が両親にはあるので「モノ」として扱われたという報道に両親はきっと心を痛めているでしょう。兄はちゃんと愛されていました。決してモノなんかではなく。
「家族を大事に」「真の幸せ」「世界平和」
これだけ見れば素敵な教えなのに、教会のやり方がおかしく、信じた両親の目指す方向が壮大すぎたために、個々の二世のささやかな幸せが蔑ろにされたと私は思っています。
はじめに書きましたが、
今年、厚生労働省からの行政指導で、教会のハンドブックからは、養子縁組を推奨する文言は削除されました。
これで終わりなのかもしない。
文言の削除は、両親や兄の苦しみも掻き消されたように感じました。
私は兄と会った記憶がありません。
二度と会うことはないかもしれません。
こんなこと言って、
じゃあどうしたら良いのかと
私はまだまだ頭の中を整理できていません。