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「君には夢がないよね」 - モデル アット ブルジュ・ハリファの裏話

「ドバイでラオスのコーヒー屋さんのモデルをしたことがあります。」
あなたらしいエピソードを教えてください、と言われたときにはそう答えることにしている。最近出会った人たちには「ユウトっぽいね」とすんなりと受け入れてもらっているような気がするが、少なくとも5年前の僕はそんな突飛さを持ち合わせてはいなかった。

小学校の同級生に子役をしている子がいた。どのメーカーだったかは思い出せないけれど代表作は牛乳のCMであり、地元の放送局だけでなく全国で放送されているらしかった。我が家でテレビがつけられるのはバレーのワールドカップや世界陸上が開催されているときか、父親が見たいクイズ番組が放送されているときくらいだったが、たまに彼のCMに遭遇すると、〇〇くん出てるね!嬉しくなるなぁ、となぜか誇らしげに母が言うのだった。母が自慢げな顔をしてしまうくらいには彼の演技はよいものだった。ごくごくっと勢いよく牛乳を飲むところ、ぷはーっと言わんばかりの表情でグラスを机に置くところ、顔全体をくしゃっとさせた笑顔で「おかわり!」と言うところ、そのどれもが無邪気で、嬉しそうで、僕は「これを見たら牛乳飲みたくなっちゃうな」と思ったものだ。そんな子役の彼は、学校でもみんなから愛されるお調子者だった。鼻水がたらーんと唇に届きそうだったり引き出しの奥からぐしゃっと潰されたプリントを発掘して笑っていたりと抜けている部分も多かったけれど、いつも明るく、そして何事も全力で楽しむ彼のまわりには、絶えずだれかの笑顔があった。一方の僕はいわゆるいい子で、勉強も運動も人付き合いもそれなりにそつなくこなしているつもりだったが、だからこそかもしれない、苦手なこともありながら突出する愛嬌と表現力で人びとの目線を集める彼のことがうらやましくてうらやましくてたまらなかった。「彼は特別なのだから仕方ない。」恨めしさを感じてしまう前に、彼を自分とは違う世界に生きている存在とみなし、うらやましさを仄暗い心にせっせと隠し込んだ。

若干8歳の僕が発明した「人を違う星に飛ばして心の安定を手に入れる大作戦」は、いつしか人生の攻略法になっていた。英語がペラペラなあの子も、時間を見つけてはいつも絵を描いていたあの子も、「ダンスをしているときは自由だって感じるんだよね」と笑うあの子も、心揺れた瞬間を上手に描写してくれるあのエッセイストも。遠い星の住民リストはどんどん増えていて、とどまることを知らなかった。おかげさまで大波に襲われることなく穏やかな顔で生きてこれたが、その代償に、がむしゃらな努力と、それによる突出した何かを手に入れることはできなくなった。

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