見出し画像

Finder

あらすじ

しゅうは大学に通いながらカフェでバイトをしている。大学に通う意義が見い出せず、他にやりたいことも見つからない、鬱屈した日々を過ごしていた。

高校で同じクラスだったれんは、容姿端麗、文武両道の優等生タイプだが、柊のよき理解者。

柊は蓮にひそかに思いを寄せていたが、それが恋愛感情なのか、自分でもその思いをうまく消化できていない。

そんな状態で身体の関係だけを持ってしまい、柊は蓮に、より依存してしまうようになる。

蓮と接するうちに、自分のやりたいことを見つけた柊。
どうしても自分が好きになれない柊の内面は、写真を通して自分と向き合い、どんな風に変わっていくのか。


「ゴメン、やっぱり柊とは付き合えない…

気持ちはうれしいけど」



そんなことはわかってた。


だって蓮はノーマルだから。


わかってたよ。


わかってたけど…


実際に目の前で言われたら


「うん…わかった…」

と、絞り出すように言うのが精一杯だった。



堪えきれなくなった涙が溢れてくる。

見られたくなくて、ベッドの中に潜り込んだ。


声を殺して泣いた。




…どれぐらいの時間が経ったんだろ?



永遠に出るかと思われた涙もやっとおさまってきた。


蓮は何も言わずにそばにいてくれた。



…そういうとこなんだよ。

オレなんか放って帰ればいいのにさ。

やさしさは、時に人をもっと深く傷つける。



やっと布団から顔を出したものの、どんな顔していいのかわからなかった。

別に聞きたくもない質問が口から出てくる。



「あのさ、、、

オレが蓮に会ったら、身体を求めるって…

もう途中からわかってただろ?

なのに、なんで会ってくれてた?」



今さらそんなこと聞いても、どうしようもないんだけど。



でもちょっとだけ気になってたんだ。

蓮にとっては、オレが初めてだって、後から知ったから。


初めてって、やっぱり、

記憶に、、残るよな…



それがオレってさ…



しかもこいつはノーマルなのに。



なんだかそれは申し訳ないなと思っていた。



「え?なんでって…

柊のこと嫌いじゃないし、

別にいいかなって…気持ちよかったし」


蓮は照れくさそうに、でもそっけなくそう言った。


もう、なんなんだよ、

人の気遣いを返せ!



「あのさ、

気持ちよかったのはオレもそうだけど、

でも、それだけじゃなかったよ…」


「どういうこと?」



うまくは言えないけど、、


大嫌いな自分とか


何しても晴れない不安とか


ぶつけようのないやるせなさとか、、


蓮とセックスしたら全部救われるような気がした。


まるで自分の奥底に溜まっているドロドロしたものが浄化されるみたいだった。


だから、、ないと苦しかったんだ。




「それは、、わかってたよ。

だからシてたのもある。」


全部お見通しだったのか…



「そっか…ゴメン。ありがとな」


「いいよ、変なとこ気にすんなって。

ほんとに嫌なら拒否だってできたんだし」


そう言って蓮はオレの背中をポンと叩いた。


「もし今後、蓮のこと襲おうとしたら、

そのときは突き飛ばすなり

蹴り倒すなりしていいからさ、

全力で抵抗してくれ…約束な」



そう言って笑うと、蓮も微笑んで言った。



「柊は自分で言ったことは

絶対に守るから大丈夫」

********************

蓮とは高校で同じクラスだった。
他に友達と呼べるやつはあまりいなかった。
言葉を交わすことはあれど、他の誰かに心を開くことはなかった。

オレはたぶん、あの頃からずっと蓮のことが好きだったんだと思う。
ただ、それを自分で認められなかっただけだ。

初恋も、初めての恋人も、2人目の恋人も、相手は女の子だった。
だからなのかわからないけど、蓮に対する気持ちが何なのか,ずっと自分でも理解できなかった。

ただ、こいつは、そのままのオレを受け入れてくれる唯一の存在だった。
どんなオレを見せても、蓮はへーとかふーんとか言ってただ微笑む。
それだけでめちゃくちゃ安心できた。

ずっと閉じていた心も、蓮の前でだけは素直でいれた。
それが、どれだけオレを救ってくれたかわからない。

でも、それが友達として好きなのか,恋愛対象として好きなのか、自分でもわからなかった。

あるとき、蓮が他のやつと楽しそうにしているのを見て、不機嫌になる自分に気がついた。

オレは全てを蓮に見せているのに、蓮はオレ以外のやつに、オレの知らない顔を見せる。

それが嫉妬なのかなんなのか、わからなくていつも混乱する。

別に、蓮と付き合いたいとは思わないしな…
他の男にも興味はない。
彼女もいたし、いたときはそれなりに楽しかった…

元カノのことを本当に好きだったかと聞かれたら、自信を持ってうんとは言えないけど。

蓮のことは知りたいし、オレのことも知ってほしい。

んー……なんだこれ?

そんなことが頭の中でぐるぐるして
結局いつも答えが出なかった。

もういいや、考えたところで関係が変わることはないんだし。

高校のときはずっとそんな感じだった。

蓮はオレとはちがって、勉強もそこそこできた。
教えてもらったりして、同じ大学を目指したけど、オレには難しいレベルだった。


大学は別になり、
お互いにひとり暮らしを始める。

普段の生活から蓮がいなくなって、不安でいっぱいだった。

したいことも得意なことも将来の夢も何もない。

大学に来たら何か見つかるかもしれないと思ったけど、そんなものはどこにもなかった。

当然、大学もつまらなかった。

「卒業」というハクをつけるためだけに、ただただ単位を取りに行く作業でしかなかった。

夏休みに入った頃、
久しぶりに蓮に会いたくなって、電話してみた。

「じゃあ明日の18時、駅まで迎え行くよ!」


蓮と久々に会えると思ったら、気分が上がる。
ガラにもなく部屋を片付けた。
蓮が好きだったアイスも買った。

待ち合わせ時間の15分前に、最寄り駅に着いてしまい、喫煙所でタバコに火をつけた。

高校の頃は、よく屋上で吸ってたっけ…
蓮は吸わないのに、いつも付き合ってくれた。

授業サボっても、あいつはちゃんと勉強できたんだよな…いつも不思議で仕方なかった。

時間きっかりに蓮が現れる。

あまり変わってはいないけど、少しだけ垢抜けた気もする。
蓮の周りだけ、空気が澄んでるみたいだ。

背はオレより高いのに、顔の大きさは変わらない。
くっきりしたフェイスラインとツヤツヤの髪。
大きめの瞳と長い睫毛。
すぅっと通った鼻と柔らかそうな薄い唇。

自覚はないみたいだけど、こいつは普通に歩いているだけで目立つ。
現に、すれちがう女性の何人かは、蓮の方を振り返っていた。

「久しぶり!」

「おまえさぁ、、相変わらず目立つよな?」

「え、そう?柊もすぐわかったよ」

「それはオレが銀髪だからだろ?」

そうだった。

大学に入って間もなく、大学に通う意義を見失ったオレは、突然髪をシルバーにしたんだった。

特に意味はない…けど、何か変わるかもしれないと思っただけ。
結果的にはよけいに人を遠ざけることになっただけだった。


とりあえず、酒でも仕入れるか。
スーパーに寄ってビールと缶チューハイを買い込む。
安い酒を飲みながらビザを取って2人で食べた。

大学の話、映画の話、バイトの話、、
何を話しても、蓮はうんうんと頷いて聞いてくれた。

「そういえばさぁ、彼女できた?」
ふと、蓮に聞いてみた。

「できる気配なし」
苦笑しながら蓮が答える。

まぁ、なんとなくはわかってたけど。

「おまえさー、モテそうなのに、女に無愛想なんだよ」

「柊にだけは言われたくねー!」

そんな感じで、いろんな話をした。
酒を飲みながらゲームもした。

楽しい時間は過ぎるのが早くて、
いつのまにか終電の時間はとっくに過ぎていたようだ。


「じゃあさ、今日泊まってく?」

「わりぃ。そうさせてもらうわ」

「布団1つしかないけど」

「別にどこでもいいよ」

タオルケットぐらいはあったっけな…
まぁ、夏だし風邪引くこともないだろう。


「Tシャツと短パン貸してやるからさー、シャワー浴びてきたら?」

「サンキュー」

蓮がバスタオルと着替えを持って、バスルームへと消えていった。

ベランダに出てタバコに火をつける。

蓮は大学生活も充実してるみたいだった。

建築学科でどんな勉強してるとか、どこの建物のどういうところがすごいとか、オレのよくわからないことを目を輝かせて話していた。

何もないオレとは全然ちがう。

女に無愛想なところは玉にキズだけど、
彼女だってすぐできんじゃねーのかな。
きっと美人の彼女なんだろな…

…なんで胸がざわつくんだろ?

蓮が幸せならそれでいいとは思ってる。
だけど、そこらへんのしょうもない女に引っかかったら許さねぇからなっていう謎のムカつきはいったいなんなんだ?

ダメだ…やっぱ言葉になんねぇな…

考えがまとまらなくて
2本目のタバコに手をかけたとき
蓮があっちーって言いながらボクサーパンツだけ履いて部屋に戻ってきた。

照明に照らされて光る濡れた黒髪
彫刻みたいなラインの上腕
適度に盛り上がった胸筋
うっすら割れた腹筋
水を弾きそうなすべすべの素肌…

触れてしまいたい衝動に駆られて、あわてて目を逸らした。


…オレもシャワーしよ。


シャワーしながらも蓮のことを考えると胸が痛かった。

もう日常にはいない蓮が、遠くに行ってしまったみたいで切なくて苦しい。

オレも何か見つけなきゃな。
やりたいこと、やってみたいこと、興味の湧くこと…

…全然わかんねぇ。

なんだっていいって思っても、そんなにすぐは思い浮かばなかった。

頭の中がぐっちゃぐちゃに渦巻いてる…
もう忘れようと思ってガシガシ頭を洗った。


バスルームを出て部屋に戻ると、
蓮は暇を持て余したのか、寝転がってスマホをいじっている。

「あ、そうだ、アイスあるけど食う?」

「お、食う食う!」

「このアイス好きだろ?」

「よく覚えてんなー?」

蓮がうれしそうに差し出したアイスを手に取る。

数ある中でなぜこれを好むのか、オレにはさっぱりわからなかった。
はっきり言って、子供だましの味だと思う…

「やっすい舌してるよな?」

「うっせー!
結局これがいちばん美味いんだって」

タバコを吸いにベランダに出る。
蓮もアイスを持ってついてきた。

今日は湿気があまりなくて
風が吹くと火照った身体に心地いい。

「そういや、こっから花火見えるらしいんだよね」

「マジか!見たい」

「じゃあ見にくる?来月の終わり頃だったかな…調べとくよ」

言い終わって煙を吐き出した。

こんなふうに、
胸の中のもやもやしたものも
夜空に溶けてなくなればいいのに。

火を消して部屋に戻る。
さてと…そろそろ寝るとして…

「しっかし、どーやって寝よっか?さすがに床は身体痛いよな…」

「ベッドに一緒でもいいなら、端っこ貸して」

「え?別にいいけど…」


…まぁセミダブルだしなんとかなるか。

壁側に先に寝転んでみる。
蓮が横に入ってくる。

ちょっと狭いけど、寝れないことはない。

蓮が気を遣ってベッドの端っこに寝ていることに気づいた。

「そんな端っこで寝たら落ちるんじゃね?
もうちょっとこっち来ても…」

あぁ、うん、
そう言って蓮はオレの方に身体を寄せた。


大丈夫…だけど、近い。

近すぎて目を閉じたら蓮の鼓動が聞こえるんじゃないか?
って考えたとき、はっとした。
それなら、妙に早くなったオレの鼓動も聞こえてしまうことになる。


横に蓮が寝てるだけのことだから
普段通り寝ればいい。
だけど、
いつもはどうやって寝てたっけ…?

天井を見つめる。
蓮はオレと反対側を向いている。

このままじゃ眠れそうにない。

寝返りを打つこともなく、お互い黙ったまま、どれぐらいの時間が経ったのかわからなかった。

短いようで長く、長いようで短い沈黙。


「蓮…起きてる?」

「うん」

「あのさ、、蓮の心臓の音、聞いてもいい?」

「え、何?…別にいいけど」

蓮がこっちを向いたので胸に耳をくっつけた。

ドク…ドク…ドク…ドク…

規則正しい鼓動はすごく温かかった。

ドク…ドク…ドク…

聞いてると涙が滲んでくる。

「蓮がいてくれてほんとによかった。
いなかったら高校やめてたと思う。
同じ年に生まれてくれてありがとう。」

蓮はたぶん、きょとんとしている。
だけど、オレが泣いてることには気づいたらしい。

蓮が抱き寄せてきた。
温もりに包まれて、余計に涙が止まらなくなる。

「柊はいろいろ大変だったもんな?」

なだめるように頭をポンポンと軽く叩いた。
家のことを蓮にだけはずっと聞いてもらっていたから、そのことを言ってるんだろう…

父親が借金作って失踪したり、母親がどっかの男と出て行ったり…
今思えば、親たちだって自分のことで精一杯だったんだろう。
オレなんて邪魔でしかなかったんだろうなって、自暴自棄になった時期もあった。

だけど、そんなことはもういいんだ。
オレの力でどうにかなることじゃない。

それよりも今、
自分にも蓮にも誰に対しても、
何もできない自分が不甲斐なくてしょーもなくて情けなくて。

蓮に抱きついて、また泣いた。

なぁ、蓮…

なんでそんなに飄々としてるの?

なんでそんなに強くいられるの?

オレも蓮みたいに強くなりたい。

「何があっても、蓮だけはオレの味方でいてくれる?」

「そんな当たり前のこと聞くなよ」

「じゃあ、変なこと言っても引かないで聞いてくれる?」

「人を殺したとでも言われん限り、たぶん大丈夫」

そう言うと、蓮は微笑んだ。

「蓮のこと、もっと知りたいんだ…」

そのまましばらく見つめて、
そしてキスをした。
蓮は少し驚いたみたいだったけど、受け入れてくれた。

もう一度キスをする。
今度は舌を動かしてみたり、唇を唇で挟んでみたり…
夢中で舌を絡ませる。

頭の中に麻酔と媚薬を撒き散らしたみたいに
しびれと快感でいっぱいになる。

シナプスがつながって
全身に快楽物質が巡っていくみたいだ。


ダメだ…もう、止められないや…

隆起した下腹部を蓮のそれに擦り付ける。
蓮のそこも硬くなっていたことが嬉しかった。

蓮を、もっと、気持ちよくさせたい。

ハーフパンツと素肌の間に手を滑り込ませる。
熱がこもったそれは、今から受ける快感を期待するように、ドクドクと脈打っていた。

反対の手でTシャツを捲り上げる。
割れた腹筋をなぞり、胸へと指を滑らせた。

「あ、ちょっ、そこは、、、変な感じ…」

「じゃあこれは?」

顔を胸に近づけて、尖っているところにキスをした。

大事なものを扱うようにそおっと舐めたり吸ったりしていると
芯を持ったように膨れてくる。
脈打っていたものもどんどん硬くなり、
蓮の口からは吐息が漏れた。


もっと、気持ちよくさせたい…

服を全部剥ぎ取った。
キスをして、愛撫して、そそり立ったものに舌を這わせた。
それから口に含んで丁寧に吸うと、割れたところからしょっぱいものが溢れてくる。

蓮はあっ、とか、うっ、とか声を上げて
どんどん快感が増しているようだった。


オレも、されたい…

というのが恥ずかしくて、無言で服を脱いだ。

すでに、パンパンに膨れ上がったものからは透明な液体が溢れ出て、先端が光っている。

蓮が覆い被さってきた。
慣れてなさそうな手つきで胸をいじられたけど、それでも身体がピクンと反応する。

握られて上下されると、透明な液体のせいで音が出て、それが恥ずかしくてよけいに声が漏れ出た。

蓮の口の中は、その温もりが全部快感に変換されていくようだった。
与えられた刺激で脳まで電流が走るみたい。
目を閉じているのに、何かがキラキラと輝いている。

早くもイキそうになって慌てて身体を入れ替えた。

さっきよりも濃厚に、
蓮の全てを味わうように、、
手と、指と、唇と、舌と、、
五感の全てを使って蓮を快感へと導く。

「あっ、ちょまっ、、
それ以上されたら…」

「イっていいよ」

「待って、あっ、ヤバっ、あ、アッ…」

舌の上で蓮のものが一際硬く大きくなり、
ビュルっと震えたのがわかった。
熱くて白い半液体が口の中いっぱいに広がる。

少し躊躇して、それを全部飲み込んだ。
甘いような苦いような、だけど優しい味のような気がした。

「気持ちよかった?」

「…めっちゃ気持ちよかった」

目を逸らして、照れくさそうに蓮が言った。

「飲み込んで大丈夫なの?」

「蓮のものなら大丈夫。
…オレも、気持ちよく、、して」

蓮は頷いて、また覆い被さってくる。


唇、耳、首、鎖骨、胸、腕、、
いろんなところにキスが落ちてくる。
ダメだ…
どこもかしこも快感しかない。

今まで出したことない声が出てたかもしれない。

どこが気持ちいいとか、触り方がどうとか、そんなことはもはやどうでもよくて、
自分でも驚くぐらい、全部気持ちいい。

蓮が裸で、オレに愛撫している。
その光景のひとコマひとコマが
全部快感に変わっていく。

蓮が太ももにキスしながら握ってくる。
もうそれは暴発寸前で、絶えず液体が出て本体を光らせていた。
今からそこを刺激されるかと思うと気が狂いそうだ。

「ちょまっ、すぐイキそう…」

「もうちょっと焦らす方がいい?」

蓮はイタズラっぽい笑みを浮かべると
手を離して、まわりを舐めたり吸ったりしてくる。

え、待って、、
そこもこんなに気持ちいいんだ…
これでイキはしないけど、意識が遠のきそうになる。

ひゃっ、、うぐっ、、はわっ、、、
言葉にならない音が口から漏れ出てくる。

「もう無理、、イキタイ…」

「いいよ」

そう言うと、口の動きが激しくなり、
手も上下させた。

自分が動いているわけじゃないのに
息遣いが荒くなるのは不思議だ。

蓮が口を離した瞬間に絶頂を迎え、
ポタポタっと音を立てて身体に白いものを撒き散らした。

「えっ、、めっちゃ溜まってた?」
と蓮が驚くぐらいの量だった。

「いや、普段は、、こんなには…」
恥ずかしくなって目を逸らす。

「マジで多いんだけど」
笑いながら、どーするこれ?と目で訴えてくる。

「いや、うん、めっちゃ気持ちよくて、、
自分でもビックリしてる」

蓮の口の中じゃなくてよかった…と内心思った。

なんだろう、この満たされる感覚…

オレなんて何にもできない、何の役にも立たないと思っていたけど、
今この瞬間だけは、
蓮には必要とされているんじゃないかって錯覚してしまう。

身体の中に溜まった膿みたいなドロドロしたものが、全部消えてなくなったみたいで清々しい。

真っ暗でモノクロの世界にいたのに、蓮がやさしくてカラフルな世界にすくい上げてくれた。

さっきまで、眠れなかったのがウソみたいに、そのまま寝てしまった。


朝起きて、昨夜のことが気まずかったらどうしようって思ったけど、
蓮は起きてからも今までと何も変わらなかった。

今日も朝から日差しが強くて暑い。
それでも、なんだかそれもいいと思えるぐらいには、心の余裕が出ていて
昨日までとはちがう世界にいるようだった。

簡単な朝ごはんを作って食べて、タバコを吸う。
蓮もベランダに来て、1本ちょーだいと言った。

一緒に一服して、
それから駅まで送っていった。

「じゃあ、来月、花火の日な!」


★★★★★★★★★★★★★★★★★


それからしばらくは、見える世界がキラキラしていた。

あんなにもつまらなかった大学にも
今なら気分よく通えそうなのに
今は夏休み真っ只中で
行くところはバイト先のカフェだけだ。

バイト先でもずっと機嫌がよかったらしく、
最近笑顔が増えたよねと、店長にも言われた。

我ながら、気分にムラがあるなと思う。

もうすぐまた蓮と会える。
そう思うと、あとしばらくは気分よくいられそうな気がした。


そうだ、
せっかく花火見るなら浴衣着るのもいいな。

さっそくLINEしてみる。

「花火の日さぁ、せっかくだから浴衣着ない?
神社に屋台いっぱい出るらしいんよ!」

「いいけど、、着方がわかんねー。
持ってくから、柊の家で着せてくれるなら…」

「オッケー、まかせとけ!」


浴衣で縁日なんて、
デートみたいだなとも思ったけど、
ま、別に変じゃないよね??

蓮は浴衣も似合いそうだよな…

気が早いよなと思いつつ、
その日の夜、浴衣を引っ張り出してきた。

久しぶりだから試しに着てみたりして。
これ、洗っといた方がいいかもな…

深夜に洗濯機を回すのは気が引けるので、コインランドリーに行くことにした。

特に何もない住宅街に突然現れる、そこだけ妙に明るい夜中のコインランドリーがなんとなく好きだった。
たいがい誰もいない。

暗黒の世界からここだけが切り離されているような感覚。
この中だけは安全地帯な気がしてなんだかほっとする。

待っている間、すぐ外に置かれていた灰皿の前でタバコを吸った。

わかりやすく浮かれているのは自分でもわかってる。
いつまでも子供っぽい自分。
大人になれない自分。

…そもそも大人ってなんなんだ?
大人とは何かがわからないのに
年をとれば自動的にものわかりのいい大人になるんだろうか?

ものわかりがいいのが大人なのだとしたら、
別に大人になんかならなくてもいいとすら思った。

洗い上がった浴衣を持って帰ってハンガーにかける。

着るの楽しみだな。

縁日には何があるんだろ?
かき氷と、たこ焼きと、焼きそば、、それから…

遠足前日の小学生みたいだなと気づいて苦笑した。
しかも、花火は明日ですらない。

あまりにも子供っぽい自分に呆れ果ててベッドに寝そべる。

いつからこんな風になってしまったんだろう?
考え始めたらそのことしか頭が回らないし
都合が悪くなると黙るし
そのくせ顔には全部出るし…

子供の頃の方がよっぽど大人だったな…
あの頃はまわりばっかり見てた。
まるで、自分の本心を知られたら殺されるゲームでもしてるのかってぐらい、誰にも本音が言えなかった。

閉ざすことで何かを守ろうとしていたのかもしれない。
それも今となってはわからない。

もっと蓮のことが知りたいと思った。
だいたい同じ期間生きてるのに
なんであいつはいつもあんなに落ち着いてるんだろう?

何をどう感じて
どんな風に考えるのか
もっともっと、知りたいと思った。



待ちに待った花火の日。

太陽がギラギラと燃えさかり
地表にはかげろうが立ってゆらゆらと揺らいでいる。

普段なら暑さに辟易するところだけど、
どんなに暑かろうと
今日は天気が良くてよかったと
心から思った。

夕方、蓮が浴衣を持ってやってきた。
花火は19時半から。
それまでに浴衣に着替えて縁日へ行く。

浴衣を着せるために
あーしろ、こーしろと指示すると
ロボットみたいにカクカク動く蓮が可笑しくて、その度に笑ってしまう。

腰ひもを巻いたり
帯を巻くのを手伝っていると、
不意に身体が密着したり
後ろから抱きつくような格好になり、
蓮の匂いがふわっと香ってきて
何度もドキッとした。

安心するのにドキドキする
不思議な匂い。

浴衣をまとった蓮を見てまた息を呑んだ。

藍色の浴衣を着た蓮は
ただかっこいいだけじゃなく
ただ美しいだけでもなく
少し陰があるような色気も加わって
今までとはまたちがう姿に魅入ってしまう。

「モデルでもしたらすぐ売れるんじゃね?」
と言ってみたが
蓮は冗談だと思ったらしく、首を傾げただけだった。

いざ、神社へと繰り出す。

案の定、すれ違う女性の多くは蓮の姿を目で追っている。

そりゃあ、そうなるよな。
なんでこいつに自覚がないのかさっぱりわからない。

お参りを済ませて、縁日を見て回った。

まだ陽が落ちきってなくて
少し歩いただけで汗が滲んでくる。
とりあえずカキ氷を買って
ベンチに座って食べた。

オレはいちご、蓮はブルーハワイ。
真っ赤と真っ青に染まった舌を見て笑い合う。

あまり時間の余裕はなかったが、
蓮がどうしてもやりたいというので射的をした。

なぜそれを狙ったのかはわからないけど、
似たような小さい人形を2つ見事に打ち落とした。

「それ、1つ柊にあげるよ」

「え?ありがとう!」

「何も取れなかったのはかわいそうだからな」

「うっせー!」

正直、謎の人形が欲しいわけじゃない。
でも2つ取って1つくれたのが心底うれしかった。

あとは、焼きそばとたこ焼きと、唐揚げ…

それから、コンビニに寄ってお酒とアイスを買いこみ、急いで帰る。

間に合わないかもしれないな…

マンションに着き、部屋のドアを開けた瞬間
暗いはずの部屋が赤く染まり
ドーーーンと地響きのような音がして
2人して驚き、そして笑った。

うちのドアがスイッチになってるみたいなタイミングだった。
ちょうど今始まったらしい。

あわてて荷物を置き、ベランダに出る。

マンションと言っても5階だが、
うまい具合に遮るものがなく、
花火の全容が見えた。

「すげー!最高じゃん!!」
蓮のテンションも上がっている。


次々に打ち上がっていく花火。
空高くで破裂しては大輪の花を咲かせ
そして儚く消えていく。

でもその一瞬に
人々を魅了するエネルギーが込められていて
こんなものを最初に考え出した人って
どんな人なんだろう?
なんて考えながら花火を眺めた。

ベランダで缶チューハイを片手に
たまに縁日で買ったものをつつきながら。

そして、隣には浴衣を着た蓮がいる。

花火を見つめる瞳の中に
赤や青や白い光の粒が映り込み
キラキラと輝いていた。

花火も綺麗だけど
それを見る蓮の瞳は息を飲むほどに綺麗だ。

その瞳に吸い込まれそうになる錯覚に陥って
あわてて花火に視線を戻す。

「なぁ、蓮?
なんで蓮はそんなに強くいられるの?」

「強くって、何が?
別に何も考えてないけど…」

たしかに、
いきなりそんなこと言われても何が?だよな。

「やりたいことがちゃんとあって
それにまっすぐ進んでて
オレから見たら動じない強さがあるように見えるよ。
オレが何を言っても受け入れてくれる
優しい強さみたいなのもあるし。」

「やりたいことやってるだけだし
それは恵まれてるのかもしれないけど
オレだって焦るときもあるよ。
柊のことは信用してるってだけ。
別に優しくも強くもないよ。」

「なんで建築のことやりたいと思ったの?」

「単純に建築物が好きなのもあるけど、自分の関わった建物が地図に載ったり、建築そのものが何十年、もしかしたら何百年も残るのだとしたら、すごく意味のあることをしてるっていう実感が持てそうだなって思ったからかな。」


そっか…

そんな立派な理由のあるやりたいことなんて
オレにはやっぱり何もないな…


「別に、最初からそんな風に思ってたわけじゃない。
建物を見るのが好きから始まって、もしかしたら自分にもできるかもしれないと思ったら、やれることをやってみようと思っただけだよ。
柊にだって、気づいたらこれやってるなーとか、落ち込んだときこれ見ちゃうなとかってことはあるんじゃない?
それを自分がやる側になりたいなって思えることを始めてみればいいと思う。
合わないなって思えば、また別のことでもいいんだし。
そんなに焦らなくてもいいと思うよ。」

自分には何もないと思った気持ちを見透かされていた。

「うん、そうだよな、
焦っても見つかるもんじゃねーよな…」

「そう。
好きなものに理由なんかないのと同じ。
だからちょっとでも興味持ったらやってみたらいいだけだと思う。」

「なるほどな。
うん、ちょっと考えてみる…」

「だから…考えるもんじゃねーんだって!
じゃあ例えば、、落ち込んだとき何する?」

落ち込んだとき…?

好きな曲聞くか、お笑い見るか、、
どっちの気分でもなかったら
空でも眺めてるかな…

考え込んで黙ってしまったのを見かねて蓮が話しだす。

「例えば、落ち込んだときに
空を見ると心が落ち着くとするじゃん?」

「え?あ、、うん…」

「じゃあ、他の誰かが落ち込んだときに
見たら少し元気になるような…
それとも逆にもっとどん底に落ちるようなものでもいいんだけど、
そういう心を揺さぶるような空の写真を集めるとか、そこに一言添えるとか、
そういうのでも立派な作品になると俺は思うよ。」

作品…?
オレが作品を作る??
全く想像できない…

「今のは例え話だから。
別になんだっていい。
自由でいいと思うよ。」

自由って言われても…
それがわからないから悩んでるのに。

「自由っていうのは、
失敗してもイイってこと。
最初から完璧にできるやつなんかいない。
どんなに有名な人だって最初は初心者だったはずだから。
最初からその道で有名になるってわかって始めたやつなんかいないんだから。」

それはそうだろうけど…

「失敗してもいいように始めればいいと思うよ。何も怖くない!」

「ってかさ…さっきからなんでオレの考えてることがわかる?エスパーかよ!?」

「全部この顔に書いてあんだよ!」

笑いながらほっぺたをつついてくる。

とっさにその手をつかんでしまった…

その瞬間、
このあいだの夜のできごとがフラッシュバックする。


また、蓮と、、

キスがしたいな…


「柊の顔って、字幕出てるみたい…」

えっ?
と言いかけた口を蓮の唇がふさいできた。

なんで全部バレるんだろう?
それとも本当に字幕か何か出てるんだろうか?

唇を重ねただけなのに
頭の中やカラダも全部
麻酔がまわったみたいにしびれてきて
力が抜けていく。
蓮の唇には毒薬でもついてるんだろうか?
ダメだ…このままだと立っていられなくなる…

そう思った瞬間、
今まででいちばんの爆音が轟いた。

2人してとっさに振り向くと
空は真昼みたいに明るくなって
そこには見たことのない数の光の花が咲いていた。

あまりの光景に、文字通り言葉を失う。

この瞬間を切り取って保存できたらいいのに。

これを見たら
ちっぽけな悩みなんて、たぶんどうでもよくなるだろう。
世界中の悩める人に届けばいいのにな。

どこからともなく拍手と歓声が巻き起こり
それが連鎖していった。

「すごかったね!」

「めちゃくちゃすごかった!マジで来てよかった!!」

花火が終わってからも興奮が冷めやらず、
帰っていく人たちを眺めながら
しばらく外で飲んでいた。
タバコも今まででいちばん美味しいと思った。

「オレ…ああいう瞬間を切り取って…
別に花火じゃなくてもいいけど、
それを誰かに届けられるのならやってみたいと思った。」

「いいじゃん!写真って奥が深そうだけど、やってみたら?」


写真か…
そういえば
空の写真を集めただけの写真集を持ってて
ときどき見たくなってパラパラすることはあったな。

どうして見たくなるのかはわからないけど
眺めていると少し気持ちが落ち着くような気がした。

カメラって高そうだよな…
でもやっぱり買った方がいいのかな?

「最初はスマホでいいんじゃない?
初めからお金かける必要はないと思うよ。
どうしても必要になったときにまた考えればいい。」

「だから…
なんで考えてることがわかるん?
まさか、ほんとに字幕出てる!?」

ほっぺたを隠すように手のひらで覆うと
蓮が笑って答える。

「んなわけ!
柊は顔に出やすいし、思考回路もわかりやすいから」
そう言い終えて真顔になる。

「それじゃ嘘つけないだろ?
生きづらそうだよな…
でも、それが柊のいいところだと思うよ」

「えっ…?
全部顔に出るなんて
子供っぽいし自分では嫌だと思ってた…」

「自分で思うことと他人が感じることが同じとは限らないんじゃないかな?」

そっか…
そういや蓮もこんな綺麗な顔してるのに
まるで自覚がないもんな…
完璧そうに見えて抜けてるところもあるし。

「なぁ、蓮…?
さっき、なんでキスしたの?」

「わかんない、、
して欲しそうだったから、つい」

「やっぱ、それも顔に出てたんだ…
じゃあもう、隠しても無駄だと思って言うけど、、今日は泊まってく?
もっと一緒にいたい。
蓮が嫌じゃなければ、、
キスの続きがしたいんだけど…」

「…いいよ。これから帰るのも面倒だから、泊まりたいと思ってたし。」

たぶん、子供みたいに満面の笑みになってたんだろう。

かわいいやつめ!
と言って、蓮がハグしてきた。

蓮の匂いがしてすごく安心する。
そしてドキドキもする。

浴衣着て、縁日行って、花火見て、
横にはずっと蓮がいて、
やってみたいこともなんとなく湧いてきて
今日は最高の日だなと思った。

幸せな気持ちで蓮を見上げると
軽いキスをしてくる。

何度もチュッとされては離される唇が淋しくて
軌跡を辿るように唇を追いかけた。

舌を絡ませると別の生物が口の中をうごめいてるみたい。
なぜこの行為で幸せな気持ちになるのかはわからない。
神様はどうして人間をそんな作りにしたんだろうね?

また麻酔が回ってきたみたいに
全身から力が抜けて快感に溺れそうになる。

蓮が浴衣の合わせの隙間から
胸をまさぐってくる…

「待って…いくら蓮でも、シャワーは浴びないと恥ずかしい…」

「そっか、じゃあ一緒に入る?」

「え、、恥ずかしいから別でいい…
片付けとくから、先に入ってきて」


「わかった、じゃあ先入るね」



そう言って蓮がバスルームに消えていった。



我ながら、大胆なことを言ってしまったな…



受け入れてくれたからよかったけど。

蓮がどういうつもりなのかはいまだにわからなかった。


というか、

オレも蓮とどうなりたいかなんてわからない。


ただ、一緒にいて心地よくて、これからもそうであればいいなと思うだけ…なんだ、たぶん。



そんなことを考えながら

ベランダやテーブルの上を片付け終わった頃、

蓮がバスルームから出てきた。



バスタオルだけ腰に巻いた姿で

「どうせ脱ぐからこれでいいよね?」

とかなんとか言っている。


そうだけど…もうちょっと雰囲気とかないの!?

って思いながら、

これも顔に出てるかもしれないと思い出して、

あわててバスルームに駆け込んだ。




シャワーを浴びているのに鼓動は早くなるばかりで、どんな顔して出ればいいのかわからない。

高鳴る期待と押し寄せる不安…

深呼吸をしようとしたけど上手くできずに、呼吸が浅くなる。

なんとか平静を装って部屋に戻った。



さっきのオレの反応を気にしたのか

部屋の電気が間接照明だけになっていた。



ベッドにすでに横たわった蓮が

こっち来なよと手招きする。


腰に巻いていたバスタオルを取るのが恥ずかしくて

そのまま隣に潜り込もうとしたら、

あえなく剥ぎ取られてしまった…



蓮も全裸になっている。

滑り込むように隣に入ると、

オレを抱き寄せてキスしてきた。



自分で言ったのに

心の準備ができてなくて

正気を保てない。

なんとか誤魔化そうと

「今日はやけに積極的…じゃね?

もしかして、溜まってるの?」

って冗談ぽく聞いてみたら



「そうかも。

昼も花火も楽しかったし

なんとなくそういう気分」


と、あっさり認められた。



「こないだは正直ビックリしたけど…

柊とならできるってことはわかったから。

今日はちゃんとしたい。」



「そ、そっか…

受け入れてくれたのはうれしかった。

オレも、まさかそうなるとは思ってなかったけど…」



「柊は男ともしたことあるの?」



「え?それはないよ、こないだが初めて」


ふいの質問に、声が震えてしまった。



「俺はどっちもない。

他人とそういうことしたのはこないだが初めて…

柊がいいなら、今日は最後までしたいんだけど…」



「最後…え?

できるかな…

っていうか、こないだが初めて!?」



意表をつく告白と

意外すぎる蓮の願望に

声が裏返っている。



「嫌だったら別に無理しなくていい」



「いや、、それは、、嫌じゃない…」



…嫌じゃないけど、オレでいいの?



って言葉に出る前に強く抱きしめられて、

そんなことはどこかに飛んでいってしまった。



それからのことは、よく覚えていない。

痛かったのは最初だけで、
それ以降は脳がずっと痺れていた。

本能のまま快楽に堕ちて
求められるままに全てをさらけだした。

何度イってもくっついていると
どちらからともなく求めて
またすぐに繰り返された。

苦しさと快感がないまぜになって襲ってくる。
もう無理だよって思っても、求められると反応してしまう。

このまま永遠に続くんじゃないかとさえ思えた。

オレの中には蓮の分身がたくさん吐き出されている。
本当は出した方がいいんだろうけど、
自分の中に連の一部がいるみたいでなんだか幸せな気持ちだった。
そんな風に感じる自分にも驚いたけど。

満たされた気持ちのまま眠るのはこんなにも安らぐんだって、生まれて初めて思った。


次の日はお互い昼前まで眠っていた。
毎日の目覚めがこんなに幸せならいいのに。

名残惜しくて、蓮を送っていく道すがら足取りが重くなる。
それを察したのか、
「また来てもいい?」
と蓮は言った。

泣きそうになるのを堪えながら
「いいに決まってる」
と答えた。

それから、月に1度ぐらい、何もなくても蓮が泊まりに来るようになった。

普段、どんなに嫌なことがあっても
もうすぐ蓮と会えると思ったら乗り越えられる。

つらくなって、明日会える?って急に誘ったこともあった。

蓮に会って求め合うと
自分の中の黒くてドロドロしたものが
浄化されていくのがわかる。

オレはここにいていいんだ。
情けなくて弱っちくて何もできないけど、
そんな自分でもここにいていいんだって
自分を取り戻す儀式みたいな感覚だった。

蓮がどんな気持ちでそれを繰り返していたのかはわからない。
たぶんオレのことは嫌いではないんだろう…

だけど、特別に好きというわけではないように思えた。
それを確かめるのは怖くてまだできない。
だけど、確かめないといけない日が
いつかは来るんだろうと予感はしていた。


********************


大学は
相変わらずつまらないと思いながら
とりあえず留年だけはしないように
淡々とこなした。

バイト先のカフェには
新人さんが入ってきて
オレが教えたりすることも増えてきた。

写真は、どうしていいかわからないまま
しばらくは手をつけられないでいた。

ある日、バイト先に向かっている途中で見た夕焼けが
見たことのない色のグラデーションで
思わずスマホのカメラで撮りまくる。

燃えるようなオレンジと
優しくて儚げなピンクと
夜の闇を抱えた深い紫。

空がこんな色になることってあるんだ…
今まで気にしたこともなかった。
たぶん空を見るような心の余裕なんてなかったんだ。

怒ってるみたいでもあるし
喜んでるみたいにも見えるし
悲しんでいるようにも思えてとても不思議。

ものの数分で、神秘的なグラデーションは消えてしまった。

それ以来、外に出るたびに空を気にして歩くようになる。
夢中で撮影していたら車に轢かれそうになったり
バイトに遅刻しそうになったりもしたけど
綺麗な雲や変わった空の色が撮れたときは
すごくうれしかった。

それを蓮に会ったときに見せると
なんだかうれしそうに
大袈裟なほど褒めてくれる。

「こんなにいいのが撮れるなら
どこかで発表すればいいのに」
って言われたけど、
それは恥ずかしいと思った。

空の写真なのに
他人には見られたくない内面を
丸裸にされてるみたいで
どうしようもなく恥ずかしい。

「オレにだけ見せてどーすんの?
SNSでもいいから
ちょっとずつ載せてってみたら?」

「うん、、じゃあ、インスタにでも載せてみようかな…」


それから、自分でも気に入った空が撮れたときは、インスタに投稿していくようになる。

まぁ、たいしてリアクションはないんだけど。
それでも、いいねやコメントのリアクションがあるとうれしくて写真をアップするのが楽しかった。



ある日、バイトに行くと、顔を合わせるなり店長が
「これは何?」
とインスタの写真を見せてきた。

「それは…僕が撮った写真ですけど…
店長に僕のアカウント教えてましたっけ…?」

なんだか気恥ずかしくなって
少し他人行儀な言い方になってしまった。

「いや、知らないけど?
これさー、店のアカウントなんだけど。」

「ふぇっっ!?どういうこと…?」

「いや、こっちが聞きたいわ」
そう言って店長は笑っている。

「あっ、、アカウント間違えてアップしちゃったんだっ!す、すみませんっ!!すぐ消します。」

「消さなくていいから。
めっちゃイイねついてるし」

そう言いながら指差した画面には
見た事のない数のイイね数が表示されている。

「えっ、すごっ!!なんで?」

「それはこの写真がいいからだろ。
ってかさ、柊は写真なんてやってたっけ?」

「いや、その、、、ちょっとやってみようかなって、始めたばっかで…」

「始めたばっかでこんなの撮れるんならたいしたもんだ。今までの投稿の中でもダントツのリアクションだし。」

店長がやけにニコニコしている。

「いや、でも、、自分のアカウントで出してますけど、こんなにリアクションあったことないすよ…」

「そりゃおまえ、フォロワー数がちがうからしゃあないだろ?」

「まぁ、それはあるかもだけど…」

すごく嫌な予感がする。
すぐ何かやりたがる店長の何かしらを刺激してしまったような…


「柊、今度ここでおまえの写真展やろう!」

「ふぁぁっ!?」

「こんなに人の興味を惹けるんだから、店でやらない手はないだろ。決まりな!」

「え、ちょっ、、待って待って、ちょっと何言ってるかわかんないから!」

必死で思いつく限りの断る理由を並べてみたけど、店長はもはや聞いちゃあいない。

「…もう、わかりました。やりますよ、やりゃあいいんでしょ!?」

もうこうなったらヤケクソだ。

「そのかわり、日程は考えさせてください。
あと、売上とか期待しないでくださいね」

「そんなのどっちだっていいよ。
俺は純粋に柊の写真がもっと見たいと思ったし、もっと見てくれる人が増えたらいいって思っただけだから。
別にいつでもいいけど、今年中な!
あと、12月は忙しいから11月までな」

「…わかりました」


あぁぁぁ、なんてことだ!

なんでこんなことになってしまったんだ…
いや、アカウント間違えたのがいけないんだけど。

別に誰も見てくれなくたって
空を撮るのは楽しかったし
オレはそれでよかったのに。


でも、
ちょっとやってみたい気もする…


たくさんの人に見られたいとか
認められたいとか
そういう訳じゃなくて。

自分の撮った写真がこのカフェにたくさん展示されているのを想像すると
妙にワクワクしてくる。
その空間を自分も見てみたいと思った。


バイトの帰り道、蓮に今日あったことをLINEしたら、すぐ電話がかかってきた。

「柊!スゴいじゃんっ!!おめでとう!」

出るなりそう言われて面食らってしまった。

「あ、ありがとう…けど、おめでとうはちょっと気が早いよ…何をどうしたらいいのか全然わかんないのに…」

「そんなのこれから考えればいいだろ!楽しみにしてる!絶対見に行くから!!」

「う、うん、ありがとう。けど、なんで蓮のテンションがそんなに上がってるワケ?」

「わかんないけど!なんかうれしい!!」


いつもわりとクールだと思ってたけど…
こんな蓮は初めてかもしれない。

写真展が決まったことより
蓮がこんなに喜んでくれたことがうれしかった。
やるからにはやっぱり成功させたいな。


次の日から、具体的に展示の計画を立てていった。
何枚ぐらい展示するのか、
どういう風に見せるのか、
写真にタイトルや一言は添えるのか、
そして写真展のタイトルは、、、

それから近くでやっていた写真展にも足を運び、どういう風に見せるのがカッコいいのかを必死で調べた。

写真は一瞬を切り取れる。
だからこそ、
奇跡みたいな一枚に人の心を動かす力があるのかもしれないなと思った。

あとは、展示の目玉になるような、
渾身の一枚があれば…
そんなに簡単には撮れないだろうけど。
納得できる一枚が撮れたら、だいたいの準備は整うはずだ。

休みの日に、海の見える街へ行ってみることにした。
できれば人の少なそうなところで…
綺麗な夕陽と海、撮れないかな?


********************


電車を3本乗り継いで、やっと海辺に着いた。
シーズンではないからいい感じに人は少ない。
なだらかな海岸線が続いていていい景色だ。

まだ日没までは時間がありそうだったから
砂浜を歩いてみる。
せっかくだから裸足で。

ふと、砂浜にぽつんと何かの植物の芽が生えていることに気づいた。
こんなところに生えるものなんだろうか?
最初はどこかから葉っぱだけ持って来られたのかとも思ったが、
もしそうだとしたら1日で干からびてしまうだろう。
なのに小さな芽は瑞々しくて力強く生きている。

これを撮ればいいんじゃないかと直感的に思った。

あとはどんな風に撮るか…
もう少しで夕焼けが見られそうだし
そのときまた考えよう。

それから小さな芽と空と海、砂浜をいろんな構図で撮った。
海面が陽に照らされてキラキラしている。
本当に綺麗だ。


次の日、店長に写真展の希望日を伝えた。
店長は、
お?いいのいっぱい撮れた?
とかなんとか言っている。
呑気なものだ。

あとは野となれ山となれ…
今できることは全部やった…はずだ。


写真展の前日の閉店後、
店長に、
準備手伝おうか?
と言われたけど、
1人でやりたいから大丈夫です。
と断った。

1枚1枚、壁に掛けていく。
全体のバランスを見て、何度も場所を入れ替える。

写真にタイトルや言葉は添えないことにした。
オレの悪い頭で考えてもなんだか陳腐になりそうな気がしたから。

メインにしたあの写真にだけは
「こんな風に生きたい」と書いた。
その方がこの写真に込めた思いが伝わるような気がしたんだ。

写真展のタイトルは
″Finder″
にした。

カメラのファインダーと
″何かを探す人″の
どっちの意味にも取れる。

自分がやりたいことが見つからなくてもがいていたから、
すごくぴったりなタイトルだと思った。

今だって
写真が本当にやりたいことなのかは自分でもわからない。
一瞬を切り取って思いをこめるのは
おもしろいとは思っているけど。


よし、できた。
なんとか、終電にも間に合いそう。


明日はオープニングイベント、
そして週末まで写真展が続く。
蓮は気に入ってくれるかな。。

緊張して眠れなさそうだから
コンビニでチューハイを買って帰った。

でも、疲れてたみたいで
シャワーしてすぐ眠りに落ちた。


翌朝、大学は自主休講して
ランチ営業前のカフェに向かう。

…へっ!?
思わず声が漏れた。

開店前なのに7~8人並んでる…?

店に入ると店長がバタバタと開店準備していた。

「おっ、柊、来たか!並んでる人いるから早めに開けるぞ!」

「あ、はいっ、すみません」

「なんで謝るんだよ!すげーじゃん!!
みんな柊の写真を見に来てるんだから」

ニコニコしながらオレに指示を出す。

「いや、ちょっと、実感ないです…なんで?」

「あれから店のアカウントでも告知したり柊の写真載せてたら、やっぱり反応よかったもんな、みんな実物を見たいと思ったんだろ」

「はぁ…ちょっと怖くなって来ました…」

「なんでだよ!?っていうか、そんなこと言ってる暇ないから。ほら、もう開けるぞ!」

オープンした時には
席の半分以上が埋まるほどになっていて
バタバタとオーダーを取った。

もう1人のスタッフが来た時も驚いていた。

注文したものがサーブされるまでの間、
お客さんたちは好き好きに写真を見て回っていて、なんだか店内が賑わっている。

結局夜までそれは続き、
並ぶ人が出る時間帯もあった。

バイトを始めてからそんなことは初めてだった。

「柊、お疲れさま、ありがとな!正直俺もビックリしたわ」

店長はそう言ってタバコに火をつけビールを飲んでいる。

「オレもビックリしました!なんかいろんな人に写真のこと聞かれたし」

「大人気だったな!今度の給料、色つけとくよ!」

「ありがとうございます!」


翌日からも、初日ほどではないにしろ、連日満員状態だった。


そして週末…

夜になって、少し落ち着いてきた時間に蓮はやってきた。

やっぱり目を引くルックスだ。
店内にいた女性客たちがチラチラと蓮を見ている。


蓮は閉店までいて、何度も展示した写真を見て回っていた。
他の人がまじまじと見ているのはなんだかまだ恥ずかしくてむず痒かったけど、
蓮がじっくり見てくれるのはうれしかった。

なぜだろうと思っていたけど
蓮には自分の内面をちゃんと見てほしいからなのかもしれない。
オレのことをもっと知って欲しいと、ずっと思っていたんだ。

バイトが終わって、家まで一緒に帰る。

「今日は来てくれてありがとう」

まわりに誰もいないのを確認して手を差し出した。
恥ずかしかったけど一刻も早く蓮に触れたかった。

蓮はその手を取り、繋いでくれた。

「スゴい人だったな!あんなにたくさんの人に見てもらっててさ、なんかわかんないけどオレもうれしくなったよ!」

「蓮が勧めてくれたから…やって良かった!ありがとな」

「オレは何もしてないよ。柊の写真は絶対いいと思ってたんだ。」


家に着いて、蓮とたくさん愛し合った。
これまでだって何回もしたけど、
ドロドロした毒を吐き出すのではなく、
お互いの幸福感を分け合うようなセックスは初めてだった。

ずっとこんな風にいれたらいいのに。
蓮にオレの全てを知ってほしい。
誰も知らない蓮をオレだけが知っていたい。



そして翌日、蓮に告白した。

「ずっと蓮のことが好きだった。
この気持ちがなんなのか自分でもよく分からなかったけど、たぶん高校の頃からずっと。
これからも一緒にいたいよ。
蓮のこともっと知りたいし
オレのことも知ってほしいよ。
だから、オレとちゃんと付き合ってほしい」

結果は、もちろん玉砕した。

そんなのはわかってたことだから、
もっとすんなり受け入れられると思ってた。

そうしないと、オレも前に進めない気がしたし、蓮のことも止めてしまう気がしたから。

だけど、思ってた以上にダメージを食らってしまったみたい…



その日は写真展の最終日だったから
夕方カフェに行き、バタバタと動き回って、
閉店後は写真を片付けた。

今日も忙しかったけど、逆に気がまぎれてよかったのかもしれない。

店長がまたやってくれよって言ってたことは覚えている。

次の日から、気が抜けたのか風邪を引いて数日寝込んだ。

大学もバイトも休む口実ができたから
ちょうどよかった。
1週間何もする気が起きなかった。


もう蓮とは会えないのかな…

体調が戻ると寂しくなって
マッチングアプリで相手を探したりもした。

女の子を抱いてもポッカリ空いた穴は埋まらないことに気づいて、
ゲイのマッチングアプリでも相手を探した。

歳上の優しそうな男に声を掛けるとわりとすぐに捕まる。
だけど、いくら抱かれたところで、気持ちよくもなければ虚しさが残るばかりだった。

穴が埋まるどころかどんどん広がっていき、
黒ずんだ冷たい風が通り抜けていく。
自分の中のドロドロが消えることもなかった…


もうどうしたらいいのか分からなくなって、蓮にLINEしてしまった。

自分のしたことを洗いざらい話し、感じたことも素直に伝えた。

蓮から返信が来る。

「他人に埋めてもらうことなんてできないんだよ。
オレにだってできない。
柊はもう自分で自分を認めてやればいい。
あんなにいい写真が撮れる自分を。
感受性が強くて繊細だけど、その分、人に優しくできる自分を。
他人にどれだけ認められようが、自分が認めてあげないと。
自分で自分を愛してあげるんだよ。」

最初は何を言ってるのかさっぱり分からなかった。
蓮なりに慰めてくれてるのかと思った。

「そうじゃない。
自分でいいと思うところだけじゃなくて
そのまんまの自分を丸ごと認めるんだよ。
弱いところも情けないところもそれも自分だろ?
弱いところもあるから人に優しくできる。
そこを自分が認めてあげたらきっと強くなれる。
オレは弱いところもある柊が好きだ。
柊ならできる。」

弱いところも自分…認める…

オレは自分のことが嫌いだ。
弱くてすぐ傷つくのも嫌いだし
不器用で要領が悪いのも嫌いだし
そのくせ他人にはいい顔をして、やけに器用に立ち回れてしまう自分のことはもっと嫌いだった。
なんでそこだけ器用なんだよってずっと思っていた。

「オレには弱いところも見せられるだろ?
それでもオレは柊のことが好きだし
むしろそういうところがあるから好きだ。
他の人だってたぶんそうだと思うよ。
柊だけが自分のこと嫌ってたら可哀想だよ。」

…!?
オレだけが、自分のことを嫌っている…
たしかにそうなのかもしれない。
弱いところを見せるのは恥ずかしいと思っていた。
自分が撮った写真を見られるのも同じように感じた。
まるで自分の内面を見透かされているみたいで。

だけど、それを見たいと言ってカフェに来てくれる人がたくさんいた。
そういう人の内面を見て自分がどう思うかを考えても、むしろ好きになる気がした。

そうか…オレだけがオレを嫌ってたのか…

「うん、わかった。ありがとう。
写真、またやってみるよ。」

それだけ返して、その日はたくさん寝た。
起きたとき、朝なのか夕方なのかも分からなかった。


え、もう夕方…なのか…
何時間寝てたんだろ…?

オレやっぱり、写真をもっとちゃんとやりたいな。。

バイトの給料がいつもより多く入っていたことを思い出して、
カメラを買いに行くことにした。
詳しいことはよく分からないけど、
前から買えそうで欲しいカメラを調べてはいたし、なんとなく今日買いたいと思った。


そしてまた写真を撮るようになって、インスタにアップしていった。

以前はただ写真だけをアップしていたけど、
ときどきひと言を添えるようになった。

どちらかというと、人の弱い部分をえぐるような言葉…

最初は慣れなくて、その言葉で自分も気持ちが落ちたりもした。
だけど、その方が自分の思いが伝わるような気がした。

カフェに来てくれた人たちや一緒に来た人がフォローしてくれたのか、自分のアカウントにもたくさんのリアクションが返ってくるようになった。

いつのまにか、コメントも返しきれないくらい。

世の中の人たちは、自分よりうんと強くて、もっと幸せなんだと思っていた。

自分と同じように感じていた人がこんなにもいるなんて夢にも思わなかった。
オレは自分の撮りたい写真を撮って、ただ感じたことを添えているだけなんだけど。

どうやら、世の中ではこれはバズっているというらしい。

そんなこと言われても、全く実感がない…
だから、今までと変わらず気が向いたときに写真をアップしていた。


蓮にLINEをしたら、
「有名人からLINEが来た!」
と茶化された。

「ふざけんな。ただのバイトで生計たててる苦学生だわ」
と返しておいた。


そんなある日、
インスタにDMが届く。


こちらにアップされている写真を拝見し、ご連絡させていただきました。
よかったら写真展をしませんか?
それと同時に写真集を出版しませんか?
費用は全てこちらで負担します。
ご興味ございましたらぜひご返信ください。


…へ?
これって、、聞いたことある出版社だよな…

えっと…イタズラかな…?
けど、このアカウントは本物っぽいけど…


店長に相談してみたら、
「これ、大手の出版社じゃん!
柊、おまえスゴいな!!
うちで働いてもらってていいのかな…」
とかなんとか言っている。

「えっと…
じゃあこれ、本物なんすね?
そんなことあります?
ちょっと意味わかんないですけど。」

「意味わかんなくてもいいから
とりあえず話聞いてこいよ!
ついてってやろうか?」

「いえ、じゃあとりあえずDM返してみるんで…」


それから話がトントン拍子に進んだ。

新しい写真を何枚か撮れれば
そんなに負担なくできそうだし
せっかくだから受けてみようと思う。

こんなこと、もうないかもしれないし。
一生の思い出みたいなものだ。

「店長、すみません…
あの、写真展と出版決まったら
少しお休みするかもしれないです。」

「わかってるよ。
ここのバイトなんて助っ人探せばいいんだから。
柊にしかできないことを優先するの当たり前だろ?」

「あ、ありがとうございます!」

そう言うと、店長は首を傾げている。

「っていうか、ここを辞める気はないのか?」

「え、、ないですけど?
こんなの今だけかもしれないのに
すぐ辞めるほどバカじゃないですよ」

そう言って笑うと店長も笑っていた。


出版社の用意してくれた会場はすごく綺麗で大きくて、
本気で言ってるのか?と疑うほど立派な会場だった。

ここにオレの写真が飾られると思うとうれしい反面、
こんなに広いのに誰も来なかったらどうするんだよ?とも思った。

出版する写真集の見本が上がってきて
めちゃくちゃうれしかった。

写真集にするにあたって、編集の人とたくさん話し合い、1つずつ決めていくのは大変だったけど、今それが形になって目の前にある。
オレの写真が、本になってまとめられている。
少しの光と不安定な闇が混ざったような装丁も自分にとても合っているように思えた。


担当者から写真展の初日にサイン会をしたいと言われる。
「あの…サインなんてないです…」
と小声で言うと
「決めておいてください。それも目玉企画のひとつなんで。お願いしますね!」
と言われてしまった。

サインって言われてもな…
とりあえず、インスタのアカウント名で出版することにしておいて良かった。
本名は照れくさすぎる。


蓮にも写真展が決まって写真集も出版されることを伝えると、テンションが上がりすぎておかしなことになっていた。

「ねぇ、それでさ、サイン会もあるからサイン決めとけって言われたんだけど、どんなのがいいと思う?」

そう言うと、
「大先生のサインなんて知らねーし。
自分で決めろ!」
とまた茶化された。

「本気で困ってるんだけど…」

「なーんか筆記体とかでそれっぽくしとけばいいんじゃないの?」

「テキトーかよ!」

そう言って2人で笑った。


さすがに初日ではなかったけど
蓮も店長も見に来てくれた。

いつもとちがってキレイめの服を着たオレを見て、
「さすが大先生!」
と2人とも言っていた。

久々に会った蓮は
「スゴいな、柊…おめでとう!!」
と言って花束をくれた。

人生で花束なんて初めてもらったよ。

「ありがとう。蓮のおかげだよ」

「それはちがう。
柊がちゃんと自分と向き合ったからだよ。
オレは何もしてない。
ちょっと背中を押しただけだ。」

「いや、だけど、蓮が居てくれたから」

「だとしたらうれしいけど。
でも、もうオレが居なくても大丈夫だろ?
柊が強くなったからだよ。」

たしかに、蓮と会う約束がないと生きていけないとまで思っていたのに
いつのまにかそんなことは忘れていた。


「もしあのときオレと付き合ってたら、こうなってなかったと思う」

「…!?
それはそうかもしれないな…
蓮に頼りっきりのままだったかも。」

「だから、あれで良かったんだ…」

蓮が一瞬、寂しそうな瞳をした気がした。

「やっぱりオレの目はまちがってなかった。
本当にうれしいよ」

そう言って、蓮は帰っていった。


あとがき

どうも、Yu-toです。
応募するのは来年かな?って思っていたけど、ギリギリになって応募してみます。

ちょこちょこ書いて発表していたものを修正して、続きを書きました。
初めて最後まで書いた小説です。

本当はもっと長い話の予定だったけど、
せっかくだから応募してみたくなり、急いで書きました。

この後どうなるのかだったり、スピンオフ的なお話、蓮の視点ではどうだったのか?なんてのも書けたらおもしろいのかなって、思ったりもしています。
もし人気や需要があればですが😅

それでは、お忙しい中、最後までお読みいただき、本当にありがとうございます!
もしよかったら、いいねやフォロー、そして率直な感想もいただけましたらとてもうれしいです。

2024.7.23  Yu-to


いいなと思ったら応援しよう!