#2-4 江戸っ子の人
えどっこ
【江戸っ子・江戸っ児】
江戸で生まれ育ったきっすいの江戸の人。物事にこだわらず、意地と張りに生きる侠気を誇る反面、短気で軽率だといわれた。東京生まれの人もいう。江戸者。
現代に見られる類型的な江戸っ子像として「金離れが良く、細かい事にはこだわらず、意地っ張りで喧嘩早く、駄洒落ばかり言うが議論は苦手で、人情家で涙にもろく正義感に溢れる」
──2022年3月20日、鬼海弘雄のバイブスで浅草寺で写真を撮っていた時期だ。午前9時、冬朝の冷たい太陽を肌に感じながら都営浅草線に揺られ浅草に向かう。吉野家で朝食を済ませた私は早速浅草寺に足を運んだ。この日は日曜日。すでに多くの人で賑わっている。ベンチや石段には老若男女、観光客から地元民まであらゆる人々が腰をかけている。談笑する若いカップルもいれば、イヤホンから流れる競馬中継に熱中する老人、山谷から流れ着いたのだろうか半ばホームレスのような装いの日雇い労働者などがいる。この雑多な空間が写真家・鬼海弘雄を刺激し活動のモチベーションとなったのだろうか。
ここ浅草のおじいさんファッションを一言で言えば「江戸っ子気質」とでも言おうか。みんな洋服のことを聞くとさも興味なさそうに話すのだが、サラッと10年もののミッソーニのニットを着ていたり、馴染みの商店でしか服を買わなかったりする。一見こだわりがなさそうで、実は人情と自分の美徳を大事にするような粋な人が多い。今日紹介するおじいさんもすごくシャイだけど内面の江戸っ子気質が垣間みえる人だった。
このおじいさんに会ったのは浅草寺に着いて1時間くらい経った頃。ちょうど本殿の参拝列を横切るように花やしきの方向に歩いていた。上はジャージで下はスラックス。ロエベのフィッシャーマンジーンズばりのロールアップが目に留まった。思わず追いかけて声をかける。
YT「あの、すみません!あ、いきなりすみません!僕カメラマンしてるんですけれど年配の方のファッションをテーマに写真撮ってまして、服装すごいかっこいいな〜って思ったんですけどよかったら一枚撮らしてもらえないですか?」
OJ「え!写真!?カッコよくないよ、恥ずかしいな〜」
YT「お願いします!このズボンとかめっちゃカッコいいなと思って!」
──照れ笑いしながら自分の服装を見つめるシャイな反応に江戸っ子みを感じた。最初あまり乗り気ではなさそうだったが、ズボンのかっこよさを熱弁するうちに心を開いてくれた。
YT「このズボンのちょっと大きめのサイズ感とか折り返しの感じとかすごい今っぽくてカッコいいです!これはどこで買われたんですか?」
OJ「これは親友の形見なんだ──。」
親友の形見!初めてのパターンだ。だからサイズ感大きめで、丈も長いから異様に折り返しが長いのか。この時は人混みの中で深く話す時間もなく次の話題に移ってしまった。
YT「この靴もかっこいいですね!これはどこで買われたんですか?」
OJ「これは地元のスーパーかな。すごく歩きやすいです。」
ズボンに目が行きがちだったが、よく見ると靴もめちゃくちゃカッコいい。着用アイテムはやはりおじいちゃん界トップの人気を誇る通称「リアルダッドスニーカー」。マジックテープの留める部分が大きいタイプで、グレーのボディにピンクとパープルのライン入りという珍しいディテールとカラーリングだ。下半身のスタイリングがまじでカッコいい。
YT「いや〜まじでカッコいいです!じゃあ一枚撮らせてもらいます!」
OJ「はい〜ここでいいー?」
僕は一枚写真を撮るとお礼をしておじいさんと別れた。石段に腰掛けながら、先程の親友の形見のズボンについて詳しく聞けなかったことを悔やんだ──。
しばらくして、その後悔を補完するかのようにおじいさんと親友の関係について空想などもしてみた。おじいさんは76歳と言っていた。ちょうど終戦のタイミングで生まれたことになる。言問橋のたもとに慰霊碑があるように、ここ浅草は空襲でかなりの被害を受けた。そんな状況の中おじいさんと親友は育ったのだろうか?小さい頃からの知り合いなのか?仕事の付き合いなのか?いつ亡くなったのだろうか?おじいさんと親友はどのような関係性だったのだろうか──。
──そこまで考えて僕は考えることを辞めることにした。幸いなことに家族も友人も元気な僕にとって、おじいさんと形見ズボンの関係性を本当のところで理解することはできない。27歳の僕はまだまだ自分の好きな服を着たいしコムデギャルソンももっと買いたいしバレンシアガが似合う人にも憧れる。今この年齢でおじいさんと形見ズボンの関係性を理解しようとするのはすごく野暮な気がした。今はただそこにある事実を事実として捉えればいい。この76歳のおじいさんには数サイズも大きいウエストに不恰好なロールアップをしてまで履き続けているズボンがある──。
静かに照れ笑いするおじいさんの控えめな雰囲気は、宵越しの金も持つし、喧嘩早くもなさそうだ。けれどもそのロールアップから滲み出る人情深さは人一倍江戸っ子気質だった──