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#2-24 托鉢の人

 ──2024年3月17日の日曜日、東京は上野。春が近寄る陽気な日差しと花粉のコンビネーションが、街を黄金色に染めあげる──。

 この日私は、ちょうど1週間前に買ったK-WAYとPLAY Comme des Garçonsの黄金色のナイロンジャケットを着て家を出た。もうここ何年もの間、黒やグレーのシンプルな洋服しか着ていなかった私にとって、幾分派手なこの黄金色のナイロンジャケットは、学生の時に派手な古着を着て街に出た時のあの心のざわめきを呼び起こさせた。
 ──着ているのか、着られているのか。つまり、この黄金色のナイロンジャケットは自己の内面(自信、ファッションセンス)やステータス(富、社会的地位)を周囲にアピールする──その実は全く真逆の──ためのものなのか。はたまた、洋服を通じた他者とのコミュニケーションに無関心でいられるほどの自己への信頼の表れなのか。私にとってこのジャケットを着用することは大きな試金石であった。金だけに。

 ──揺れる大江戸線。黄金色の表皮に少しばかりの恥じらいを感じて、上野御徒町駅に到着した。時刻は午前10時すぎ。通りは多くの人と露店でニギニギしている。この喧騒と煩悩のカーニバルは、徐々に私の恥じらいを抹消していった。
 アメ横を通過し、JR上野駅を臨む交差点にでた。このまま交差点を直進して上野公園の方に行こう。信号が青に変わって歩みを進めると、せわしなく動く人混みの中に一人、微動だにせず路上の脇に佇むおじいちゃんを発見した。そのおじいちゃんは袈裟を身に纏い、頭には笠をかぶっている。どうやら托鉢の人らしい。都内ではたまに見かけるが、あまり気に留めたことはなかった。しかし、この時は、どういうわけかこの人のことが気になり、私は声をかけてみた──

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