#2-11 釣り道楽の人
──2023年1月4日、年始の巣鴨。年始と4のつく縁日のダブルコンボで地蔵通商店街はとびぬけて賑わっていた。お好み焼き、玉こんにゃく、豚バラの串焼き、焼きソバ、鮎の塩焼き、五平餅、唐揚げ。通りは露天から溢れるおいしそうな匂いで充満している。玉こんにゃくや五平餅なんかは花火大会の露天では見られないようなチョイスだ。流石は高齢者の街「巣鴨」、縁日の露天も年配の方向けのマーケティングが行われている。
とびぬけ地蔵尊は多くの初詣客で賑わっている。境内にはセキュリティのスタッフや警察官が少なく見積もっても10人はいる。それぞれ誘導や巡回を行なっていた。東京の初詣はそんなに危険なのだろうか。
商店街を抜け、巣鴨駅の前まで歩いてきた。駅前には昭和初期の学生のような服装をした3人組の青年が、ALWAYS 三丁目の夕日で流れるような曲を路上ライブしていた。ギターと歌声のみの素朴な曲調は年始の高揚感と相まって、その場をなんともおめでたい雰囲気にしていた。3人組の後ろから逆光気味に差す冬の柔らかい日差しも、そうした雰囲気作りの助けとなっていた。
──と、その演奏する3人組の脇で花壇の縁に座りながら、まるでサウナに入っているように一定の体勢で遠くを見つめつつも演奏を聴いているというようなおじいさんがいた。スリマン期のサンローランを想起させるようなシルバーのジャケットを着ている。
YT「すみませんー!!そのジャケットかっこいいですね!よかったら写真1枚撮らせてもらえませんか!?」
すぐ隣で演奏しているので自ずと声が大きくなる。
OJ「いいですよ──」
おじいさんはかすかに聞き取れるような小さい声で静かに答えてくれた。
YT「ありがとうございます!このかっこいいジャケットはどこのですか?」
OJ「これは釣りのやつ──」
最初スポーツブランドのものかと思ったが、よく見ると胸元に「SHIMANO」という文字が見える。サンローランのものかと思われたそのジャケットは釣具メーカーのものだった。
YT「そなんですね!釣り趣味なんですね!昔から着てるんですか?」
OJ「世界一周したときの──釣りで──。その時の──」
YT「え!?釣りで世界一周してたんですか!?やばいっすね!!」
最初そういう仕事なのかと思ったが聞いてみると釣りは単なる「道楽」らしい。仕事は「発明家」だと言っていた。かすれた声から辛うじて聞き取れた情報によると、鉄道関係の機械を作ってJRや各種鉄道会社に卸していたらしい。そうして発明の仕事で貯めたお金で、おじいさんは世界一周釣り旅行を敢行したのだった。その時の旅行を共にしたのがこのSHIMANOのジャケットだ。リブは毛玉まみれ、プリントはところどころ禿げていて、年季の入りようがうかがえる。
しかも現在86歳だというこのおじいちゃん、驚くべきことに世界一周したのは80歳を超えてから。どうやら、か細い声からは想像できないような情熱とエネルギーを内に秘めているらしい。
YT 「この帽子もカッコいいですね!これも釣り旅行で買ったものですか?」
OJ「これはアラスカで──2回行ったの──」
YT「アラスカっすか!!いいですね!アラスカも釣りで行ったんですか?」
OJ「いや──、アラスカはあれ──、ほら、オーロラを見に──」
アラスカには釣り旅行とは別でオーロラを見に行ったらしい。キャップはその時に買ったものだ。ベージュのボディにヒグマがシャケを捕まえるシーンが刺繍されていて、その刺繍はツバにまで広がっている。ツバはグレーと、ボディとは若干色合いが異なっていて凝った造りである。刺繍で表現されたダイナミックな水しぶきはさながらVETEMENTSのファイヤーキャップを想起させる。きっとデムナの着想源もこういうお土産の刺繍キャップなのだろう。
最後に全身写真を1枚、キャップ、ジャケットのアップを1枚づつ撮らしてもらった。おじいさんにお礼をして別れた頃、ちょうど隣の3人組も演奏を終えていた。僕は駅に向かって歩く中、そちらのほうをちらと振り返ってみた。すると、おじいさんは立ち上がって3人組の青年の1人に千円札を1枚差し出していた。3人組の青年は笑顔でお礼を言っていた。巣鴨はいい町だ。
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