#2-23 葡萄が大好きな人
──2024年2月12日月曜日、振替休日。珍しく朝の9時に起床した。いつも休みの日は12時過ぎに起きて後悔することの連続なので、今日は朝からきよきよしい。30分ほどで身支度をして何の当てもなくカメラと予備の乾電池を持って外にでた。
──徒然なるままに歩いていると、いつのまにか隣駅の桜台についていた。駅前にはほんの数軒のお店がある程度の小規模な駅であるが、その一角に「ラーメン二郎」が軒を連ねている。ここのラーメンは大好物であるのでその暖簾に危うく吸い寄せられそうになるが、今日は朝から無性に焼肉が食べたいのだ。後ろ髪を引かれる思いでその場を後にする。
少し裏道に逸れ、歩みを進める。すると、道バターのコーナーに腰掛けているおじいさんが1人、50mほど先に見える。おじいちゃんの隣には杖が置かれている。体感では、杖をついているおじいちゃんはNOT PLASTIC FASHION率が高い。近づいて声をかけてみた。
YT「あのっすみません。ぼくカメラマンやっとるんですけど、年配の方のファッション、、あー服装をテーマに写真撮ってまして、おじいさんのこのジャケットむっちゃかっこいいなと思いまして!!!」
OJ「いやー、そんなかっこようないよ!」
YT「いやいやかっこいいですよ!写真とっても良いですか?記事にしたいと思ってるのですが。」
OJ「ええぞ。」
おじいさんは愛想良く撮影をOKしてくれた。煙草を吸おうとしていたが、風が強くてなかなか火がつかないようだった。順光で1枚写真を撮らせてもらい、もっと話を聞かせてもらうことにした。
YT「ちなみに、今おいくつくらいなんですか?」
OJ「87や」
YT「おお!すごいですね!」
──何がすごいのだろうか。いつも自分で年齢を聞いておきながら、未だにどんなリアクションが正解か分からない。「そうなんですね。」だとインタビューロボットみたいになってしまうのでなんか嫌だ。
YT「この紫のジャケットかっこ良すぎイスギですね。どこで買ったんですか?」
OJ「これそこらへんで買ったよ。5年前くらいかな」
YT「結構着られてますね!」
OJ「にいちゃんのジーパンもカッコイイやん。」
僕が履いているROTHCO製迷彩カーゴパンツのことをジーパンだと言って、おじいちゃんは褒めてくれた。
YT「ありがとうございます!これはもう6年くらい履いてます。」
OJ「そんくらい着んと元取れへんわな。」
────ソンクライキントモトトレヘンワナ────
メルカリ錬成術の出現により、洋服無限サブスク編に突入した現代の我々にとっては、古の呪文のような文言だ。これはマジの話、洋服で元を取るという概念に少し新鮮さを感じた自分に驚いたんだよね。おじいちゃんが1つの洋服を長く着続ける理由の一つに、「元取れへんがな」精神も少なからず関係しているのだろうか。
YT「中に着てるフリースも紫なんですね。紫色がお好きなんですか?」
OJ「ああ好っきゃな!葡萄が好きやから!」
YT「葡萄?葡萄酒の話ですか?」
OJ「いや、果物の葡萄や!酒が飲めへんから、代わりにや。」
酒の代わりにフルーツとな。乙なもんですな?日本酒の代わりに米喰うようなもんですか?腹ん中で発酵させたら酔うんですわ。ゆーとりますけど。
この会話をしている間も、一向におじいさんの煙草に火はつかない。風が強く吹いている──。
YT「この真っ白なスニーカーもかっこいいですね!年配の方って革靴じゃなくてスニーカー履いてるイメージなんですけど、おじいさんは何でスニーカーなんですか?」
OJ「昔は革靴はいとったよ。でも30年前くらいからはスニーカーやな。革靴は滑るからなあ。」
──なるほど。確かに革とゴムでは靴底のグリップに差がでる。スーパーマケットみたいにツルツルな床は、足腰の弱いおじいちゃんと革靴のコンボでは危ないだろう。
スニーカーがおじいちゃんに選ばれる要因として、足腰に負担の少ないクッション性の高さが評価されていると思っていたが、「滑り」という項目もあるのか。また1つ勉強になった。
──ほどなくして、おじいちゃんの煙草にようやく火がついた。そろそろ頃合いだ、お暇するとしよう。
ぼくはおじいちゃんにお礼を言い、江古田の方へ歩を進めた。道中、先ほど撮った写真をカメラのモニターで見返してみる。写真には葡萄色のおじいちゃん、ヨーロピアンな木枠、そしてこれまたヨーロピアンな煉瓦が写っている。順光でサンサンと照りつける太陽も相まって、このなんともイタリアンな写真は、瞬時に私の脳内に未だ見ぬシチリア半島を想起させた。
昨日の昼から何も食べず空腹の絶頂だった私は、何もかもを食に繋げる想像力を持ち合わせていた。このシチリア半島の採れたて葡萄の写真も、そんな連想ゲームのきっかけになるには十分であった。
──脳内での自問自答が始まる。
お前が本当に今日の昼食に食べたいものは何?
──焼肉?
ほんまか?お前が本当に食べたいものは?
──やき、にく、、?
ちゃうやん、ほんまは?
──サイ、、ゼリヤ?
この後、私がカプリチョーザ新宿店に向かったことは言うまでもない──