ウミガメのくる浜辺 平塚海岸
神奈川県の平塚海岸にウミガメが産卵に来ていることをご存知だろうか。
海岸林、砂浜などの産卵に必要な条件が揃い、今でも上陸が確認されている貴重な場所である。
しかし今、平塚海岸に危機が訪れている。
この記事では、平塚の海岸林にどんな価値があるのか、ウミガメがどのような危機にさらされているのかを解説する。
高度成長期以前、平塚海岸にはあたりまえにウミガメが産卵に来ていた
北太平洋で唯一のアカウミガメの産卵国、日本。
その数少ない産卵場の一つが、神奈川県の平塚海岸である(*)。
(*:すべてアカウミガメ)
2022年夏、平塚海岸にウミガメが産卵にやってきた。
この年、相模湾でウミガメが上陸した記録があるのは平塚海岸だけだった。
そこには先人が苦労して作り上げた海岸林が途切れなく続き、豊かな里浜の自然が保全されている。
ウミガメの上陸に適した相模湾
相模湾は、神奈川県南側に位置し、東は三浦半島、西は伊豆半島に挟まれ、その海岸線は弧を描いている。
相模湾を南下すると、伊豆大島を越えた先には太平洋が広がっている。
この太平洋との繋がりによって相模湾がウミガメの周回路である黒潮の流れと出合っていることが、ウミガメの上陸という史実に納得性を与えている。
高度成長期以前、相模湾の砂浜にウミガメの足跡があるのは、当たり前の風景だった。
このころのデータを調査するため、1960年以前の相模湾へのウミガメ来歴数を平塚博物館に確認した。ところが、データがないという。
それはとても自然な回答だった。
たとえば、日常的にスズメが飛ぶ姿を見ることができる毎日において、その数の記録を残そうとする人はいないだろう。
ここで重要なことは、「記録がない」ことは「ウミガメが来ていない」ことではなく、その真逆の状態であったということだ。
溢れかえる豊かな海と人間とのあいだにウミガメが介在していたという事実を理解しておかねばならない。
こうした調査を続けるうちに、50代~70代の方から、子ども時代のウミガメ目撃情報を入手することができた。
昭和12年開設の当時の龍城ヶ丘プールは海水引き込み式の設備であり、ウミガメをプールに入れてともに遊ぶことはよくある光景だった。平塚は漁業のまちとして、ウミガメを大切にもてなしていたことの事例を確認することができた。
現在も、上陸痕の目撃情報を収集中である。
ウミガメを生きづらくさせる3つの要素(海岸開発、定置網での混獲、砂浜の消失)
いま、世界各地でウミガメは絶滅の危機に瀕している。
海岸開発
定置網での混獲
砂浜の消失
この3つの要素はそれぞれ独立してウミガメの生存を脅かしている。
1.海岸開発~海岸林の伐採とウミガメ絶滅との深い関連性
1950年代以降、海岸の観光開発が進み、相模湾でウミガメの産卵が激減した。
湘南を代表する鵠沼、江ノ島、七里ガ浜では海岸林が切られ、公園、レストラン、水族館などの商業施設が次々と造られ、海岸は人々で賑わうようになった。海沿いの国道134号線は慢性的に渋滞するようになり、大磯以西には西湘バイパスができて、往来する車のヘッドライトで砂浜は夜間も明るくなっていった。
一生を海洋で暮らすウミガメにとって、産卵の為に上陸することは命がけの行為である。
メスのウミガメは夜間に上陸する際、捕食者から身を守るために明るい砂浜を避ける傾向がある。砂浜とその背後の無思慮な灯火は、ウミガメから産卵地の選択肢を奪うことに他ならない。
孵化した子ガメは、夜間に地表に脱出すると、海の方がほのかに明るいことを手がかりにして海を目指す。人工的な光源が視界に入ると、子ガメはそこへ誘引され、迷走し、朝を迎えると鳥などの捕食者に食べられてしまう。
浜は、限りなく自然に近く暗く静かであることが、ウミガメの産卵にとっては必要な条件である。
ここにおいて、海岸林は、車のヘッドライトや街の明かりを遮る緩衝帯として機能することができる。
平塚市が開発を進める龍城ヶ丘プール跡地整備計画では、海岸林が伐採され平面の駐車場が造られる。駐車場はレストラン利用客や納品業者の車両の出入りを許す構造となっており、この敷地を囲むように立つ夜間も明るい照明器具に加え、日常的な国道134号線の喧騒すべてが、ダイレクトに浜辺へ影響をもたらす形となる。
つまり、平塚海岸の龍城ヶ丘プール跡地に隣接する海岸林を伐採してしまえばウミガメは卵を産みに来ることができなくなってしまう。次の世代を残せなければ、その種は存続することができない。
この問題の解決のためには平塚市が計画するような海岸林の伐採は行ってはならず、海岸林の保全と、ウミガメの産卵場の適切な維持・整備を同時に成立させなければならない。
2.定置網での混獲~溺死してしまうウミガメ
相模湾の各浜に、定置網にかかって溺死したウミガメが頻繁に漂着する。
産卵期の6月から8月には特に増える。
この事実には2つの示唆が含まれる。ひとつは、現在でも卵を産むためにウミガメが確実に相模湾沿岸に来て回遊しているということ。もうひとつは、ウミガメの命を犠牲にしない漁獲のあり方を追求する必要があるということ。
大人になれる確率が1/1000と言われているウミガメ。
海岸樹林帯を伐採から守り、ウミガメが産卵できる浜の環境を保全することは重要である。
加えて、人間社会活動との両立課題をクリアすることも、次世代のために必要なアクションである。
3.砂浜の消失~気候変動による台風が削り取る浜砂
近年深刻化する気候変動。
大型化した台風が太平洋沿岸の砂浜を削り、ウミガメの産卵場である砂浜は消失の危機にある。
かつてウミガメがよく産卵に来ていた茅ヶ崎海岸は、2019年の台風19号の高波により砂浜が削られ、海に沿ったサイクリング道路が崩落した。現在は産卵することができそうにない狭い砂浜となっている。
七里ガ浜に至っては砂浜が完全に無くなってしまった。
砂浜が無くなれば、ウミガメは命を次世代につなぐことができない。
砂浜と海岸林が揃った貴重な浜 平塚海岸
絶滅危惧種であるウミガメの命の連鎖の中で人間の社会活動との関わりが発生する重要な場所のひとつが「浜」である。
ウミガメの産卵にとって多くの浜が危機的な状況となっている一方で、平塚海岸には産卵に必要な条件が揃っている。
2022年夏、相模湾では平塚海岸だけにウミガメが産卵にやって来た。
平塚海岸の砂浜と海岸林を守ること。
それはウミガメたちの命を未来へとつないでいくことを意味する。
参考サイト
ウミガメの浜辺 | 展示 | 新江ノ島水族館 (enosui.com)
【ウミガメ協議会特集ページ】日本だけで年間約500頭が死亡。その原因とは? - アウトドア&フィッシング ナチュラム (naturum.co.jp)
日本ウミガメ協議会トップ (umigame.org)
平塚市 海岸公園整備計画への反対の声、一万筆を超えて増えつづける署名・・「プール跡地だけの整備を。樹林帯は切らないで!」
をご覧いただきありがとうございます。
「龍城ヶ丘プール跡地」だけを整備・整美する。
これを可能にするため、わたくしたちは平塚市と共に創造する方向性を求めて、平塚海岸の樹林帯を伐採しない公園整備の在り方を尊重していきます。