MaasとWell-being
複数の交通サービスを一つの移動するためサービスとして捉えることがMaasであるが、そもそも人が移動する前提でのサービスである。コロナ禍において、在宅勤務が普及したり、Amazonで頼めば物は届くし、暇な時間もNetflix、ゲームがあったり、メタバース空間で人と会う体験も味わてしまおうとしている中、移動をする意味があるのか、と疑問に持ちました。
「移動することで、人は幸せを感じる」そんな研究結果が発表されており、マイアミ大学のアーロン・ヘラー氏らが「ネイチャー・ニューロサイエンス誌」に発表しているようです。
調査では、132人を3ヶ月間リサーチ。彼らの移動ルートをGPSで追跡し、その際にランダムに幸福度を答えるアンケートに回答してもらった。
その結果、日々移動距離が長い人ほど、日々高い幸福度を感じていることがわかった。
被験者の脳を調べたところ、移動に幸福を感じている人間の脳では、記憶を司る「海馬」と、快楽を司る「線条体」の活動に強い連携が確認されたのだ。
脳が現在行っている移動を過去の記憶と照らしあわせ、その移動内容に、多様性と新規性が高い場合には快楽が発生する。これが移動によってもたらされる幸福度の正体。
コロナ禍によって移動が制限されてしまっているが、SNS等でコミュニケーションの取れるツールは発達しているが、人とのつながりを求めるのは人間の本能のようですね。
また、約8割の人が「人やモノの移動が制限されること」に不安を感じ、そうした生活により多くの人が多大なストレスを抱えている実態も確認された。6割以上の人が「自由に外出できることのありがたみを実感するようになった」とも回答している。
ここでふと思い出したことがある。筆者がモバイルメディアについて研究をしていた20年ほど前、「情報通信技術により人は会わなくても用が足りるようになり、対面コミュニケーションは減少する」という仮説に遭遇した。
実際どうなったかというと、情報通信の発達により、対面コミュニケーションの機会は増えた。当時「若者」だった筆者は、身をもってそれを体感した。年に1度の年賀状のやりとりしかなかった相手や、引っ越しを繰り返して住所がわからなくなりがちな友人と、メールでつながり続けることができるようになり、「会おう」というアクションが喚起されたのである(年賀状でありがちな「今年こそ会いたいですね」という文言は必ずといっていいほど実現しない)。ITの活用によって“メンタル”でつながることが、より“フィジカル”で会う欲求をもたらすようなのだ。ITは人とのつながりを代替・補完するいっぽうで、より “フィジカル”なつながりへの希求を高める側面を持つといえよう。
ここは自論ですが、外へ出て太陽に当たることによるセロトニンの効果や、移動先での友人等と触れ合う事によるオキシトシンの効果、新しい場所へ行くことによるドーパミンの効果によって、ホルモン上で移動によって幸せを生むサイクルが得られるからかもしれないと思いました。