ツケ払いを記録するだけで10百万ダウンロード - 新興マーケットFintechの新潮流
こんにちは、山本と申します。GMO VenturePartnersというベンチャーキャピタルで海外Fintech投資をやっています。
一晩でコードかけるくらいのシンプルなAppで、10百万ダウンロード、数十億円調達するスタートアップがぼこぼこと生まれているのをご存知でしょうか。
インドと東南アジアにおける投資において、注目しているエリアのひとつが中小零細店舗・企業(MSME)向けFintechです。今回はそのなかでも個人商店向け簿記Appについていくつかご紹介したいと思います。
MSMEマーケット
何はともあれとにかく大きなギャップが存在している、ということをまずはお伝えします。
インドにはMSMEが63百万社存在するとされ、GDPの約3割・輸出額の約半分を担っている一方で十分な金融サービスを受けられていません。ではどの程度不十分かというと、世界銀行によるとインド国内で39.9兆円の信用ギャップ、つまり融資を受けたくても受けられないニーズが存在していると言われています。クレジットカードの普及率が3%程度のインドでは、ほとんどのMSMEが過去に銀行とやりとりをしたこともなく、ましてや融資を受けるような信用情報の蓄積もありません。そのため既存の金融機関からは借り入れられず、家族や知り合いから何とか借金をして補っている現状があります。
ASEANの人口4割を占めるインドネシアでも同様の状況で、クレジットカードの普及率は2%に留まっています。MSMEは64百万社、信用ギャップは5兆円以上存在しています。
KiranaとWarungとツケ払い
更に注目すべきが「ツケ払い」の文化です。インドではKirana(キラーナ)と呼ばれ、インドネシアではWarung(ワルン)と呼ばれる個人経営の商店は、徒歩圏内を商圏としているので、たいていのお客さんが顔なじみで、みなツケ払いをして、月末にまとめて払ったりしています。そのため、こうした商店の現金回収サイクルは長く、場合によっては踏み倒す人も出てきます。
加えて、このツケ払いを記録するのに未だに紙とペンを使っているので、間違いも多く、自分のお店の経営状態がよくわからず運転資金に困る、ということもままあるようです。
Khatabook - "Faster than Slack"
このような環境で、インドに登場して爆発的な成長を遂げているのがKhatabookというスタートアップです。2018年創業、直近では今年5月に60億円以上を調達し、時価総額300億円を超えていると言われています。まずはどんなプロダクトかご覧ください。
インドの小売店・キラーナ向けに、日々の取引履歴を記録するAppを提供しています。ご覧いただくとわかるとおり、非常にシンプルなUIになっています。お客さんの名前と電話番号を入れて、買い物した金額を入れるだけ。たったこれだけ?と思うかもしれませんが、ものすごいグロースを見せています。
非常に単純な機能にも関わらず、ダウンロード数は10百万件を超え、DAUも1百万人を超えています。ファウンダーのRavishには昨年お会いしており、彼の言を借りれば"Faster than Slack"な驚異的な成長を見せています。
ユーザーの95%にとって、ビジネスで初めて使うAppがKhatabookだそうで、だからこそ極限までシンプルなユーザー体験が刺さっているのだろうと推察します。新興国のスタートアップシーンにおいては、殊にリープフロッグ、途中の段階を飛ばした技術革新が注目されますが、単にペンと紙を代替するシンプルなApp、ここに全く異なる現象が起きていることがお分かりいただけるかと思います。
インド国内1万以上の街にユーザーがおり、いまは年換算で10兆円以上の買い物履歴が記録されているそうで、これは大国インドのGDP3-4%に相当するものすごい金額です。10百万のキラーナの日々の取引履歴だけでも恐ろしいデータ量ですが、お店を日々訪れる数千万人のお客さんがどんなものを買い、いつツケ返済をしているのか、これまで全く存在していなかったKhatabookだけが持つデータポイントが立ち上がっています。今後、これら独自のデータを用いて、キラーナ向けの運転資金ローンなど、金融サービスの提供を開始すれば、いよいよこのボリュームを生かしたマネタイズが開始されることになりそうです。
OKCredit
このKhatabookの競合となるのが、OKCreditというスタートアップです。2017年創業、直近では2019年9月に70億円以上を調達しています。
いくらかこちらのほうがデザインが洗練されているような気がしますが、基本的な機能はKhatabookと同様です。顧客を登録して日々の取引を記録、ツケ払いのリマインダをWhatsAppで送ることができます。
こちらも2019年9月の段階で既に5百万アクティブユーザーがいたようなので、Khatabook同様の成長曲線をたどっているのではないでしょうか。
Khatabook・OKCredit両社ともY Combinator出身、前者はロシアのギガファンドDST Global、後者は全米随一のテックPEファンドTiger Globalから出資を受けており、資本力はいずれも十分、今後の競争も見ものです。
次は、インドネシアのスタートアップを見ていきます。
BukuWarung
まずご紹介するのは当社ファンドからも出資しているBukuWarungという会社です。2019年創業でY Combinatorの今年夏のバッチ出身でもあります。まさに本日記事になっており、東南アジアの著名VC勢ぞろいであった前回ラウンドに加えて、DST Globalのパートナーや有名エンジェルから調達を成功させています。
インドネシア語のビデオで恐縮ですが、ご紹介したインドの二社同様、非常にシンプルなUIで取引履歴を記録、リマインダを送付することができます。
創業者のふたりは東南アジアのメルカリ・Carousellで出会っています。起業前にインドネシア各地を歩いて解決すべき課題を探したそうです。
BukuWarungが主力ターゲットとするのはTier-2・Tier-3と呼ばれる中小規模の都市・町・村で商いを営むユーザーです。そのようなユーザーが使う廉価版アンドロイドスマホ搭載のOSでも使えるように設計したり、通信料を節約できるようにオフラインでもAppが動くようにしたりと細かな気配りがされており、各地を歩いた彼らだからこそのプロダクトだと感じました。加えて、この新型コロナ蔓延の状況下でコンタクトレス決済が浸透したことを踏まえて、オンライン決済を受け取れるようにAppをアップデート、開始1か月足らずで既に数億円の取引がこのApp上で行われているということです。いつかはいつかは、とピッチではいうものの実装に至らないスタートアップが多い中、金流を既に抑え始めている、というのも非常に好印象です。このあたり、インドネシアの決済スタートアップXenditの創業者がエンジェル投資している、というのも好影響を与えているように思います。
ローンチ後一年足らずでインドネシア全土750以上の都市にユーザーを拡大し、既に1百万人以上のユーザーが、今後のスケールが期待されます。
BukuKas
インドネシアでBukuWarungの競合として挙げられるのが、BukuKasです。2019年卒業、SequoiaのシードプログラムであるSurge出身で、先月9M USDのシードラウンド調達がニュースとなっています。
もともと個人商店を営んでいたようなメンバーもリサーチチームとして雇っているそうで、例に漏れずやはりBukuKasも非常にシンプルなUIを志向しています。
ローンチ後9か月で既に80万ユーザーが利用、年換算で1,500億円程度の取引が記録されているということで、こちらも目が離せません。既に同じくSequoia Surge出身のInsurtechであるQuolaと提携して廉価な保険の提供や、今後はローンや銀行口座などの金融プロダクトの提供も開始するようです。
インドとインドネシア/新興マーケット移転モデル
インドとインドネシアからそれぞれ2社、個人商店向けの簿記Appをご紹介しました。少し触れましたが、テクノロジーのひとつの流れとして、先進国(特にスタートアップの場合はシリコンバレー)からプロダクトやサービスをコピーした結果、間の漸次的進展をぶっ飛ばして技術革新が進むリープフロッグ現象が起きる、というものがあるかと思います。これとは別に注目しているのが、同様の社会環境(多数の都市への人口分散、現金決済優位な市場や金融サービス浸透度の低さ、ローカル言語の存在など)を共有しているインドとインドネシアのような新興マーケット同士における類似のサービス移転です。今回ご紹介したところでは限りなくシンプルなUIでリテラシーが低いユーザーにこそ使いやすい簿記Appをエントリーポイントに、種々の金融サービスを提供していく、というモデルがありました。
今回の場合はインドからインドネシアへ、でしたが、ほかにもFintech分野では今回ユーザーとなっていたMSMEを代理店として、現金決済を提供する会社、インドネシアではPayfazzやKudo/Grabのようなモデルがまだインドでも通用するのではないかと考えていますし、農作物を軸としたマーケットプレイス・金融サービスも既にそれぞれのマーケットで複数社が調達をしており、興味深くみています。
Khatabookに投資しているDST GlobalのパートナーがBukuWarungに、SequoiaがKhatabookとBukuKasに投資しているように、資金調達の視点からみてもやはりこの新興国移転モデルは追いやすいように思います。
さいごに
主に東南アジア・インド・US、そしてヨーロッパも少しだけ、のFintechを幅広くカバーしています。この記事の内容にかかわらず、ぜひコメント欄などでいろいろ情報提供・コメントいただければ幸いです!
(そのままになっているInsurtechの記事下巻もそのうち書きます・・・!)
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