小さなお客さん
長年
『亀屋』をやっていると
不思議なお客さんが
来たりする
今日のお客さんは
小さな女の子
かめください!
元気な声で起こされた
ついうたた寝をしていたようだ
『亀屋』なんて看板を掲げているが
お客さんなんて
ほとんど来ない
半分趣味みたいなもんだ
つい居眠りもしてしまう
かめください!
もう一度声がする
暗がりの番台から
店の入口を覗けば
小さな女の子が
こちらを
ぢっ
と見ていた
はいはい
いらっしゃい
柄にもなく
柔らかい声を出した
かめください!
女の子はもう一度叫んだ
頭をかきながら
番台から出た
お嬢ちゃん
どんな亀がいいの?
こんな小さなお客さんは
始めてなので
どう声をかけていいか
迷ってしまう
あのね。。。
女の子はうつむきがちに
小さな声で
たべられるかめ。。。
と言った
店には
世界各地から集められた
亀が揃っている
亀
かめ
カメ
龜
食用の亀なら
スッポンだろう
スッポンかな?
女の子の顔を覗き込むように
しゃがみながら
聞いてみた
女の子は
顔を上げ
目を輝かせて
すっぽんっ!
と叫んだ
すっぽん!
すっぽん!
すっぽんぽんっ!
どっかスイッチが入ったらしく
女の子は歌うように
言う
思わず笑ってしまう
おつかいを頼まれたのかな?
そうっ!
パパがね
かめかってこい
って
女の子は
堰を切ったように
喋り出す
パパね
かめたべると
せいがつくんだ
って
せい
ってなにか
わからないけど
あみ
はじめての
おつかいなの
あみちゃん
って言うの?
おつかい偉いね
少し迷ったが
頭をなでてあげる
それで
このおかねで
かってこい
って
あみちゃんが
握っていた手を
拡げる
お札が2枚
湯気が出そうなくらい
しわくちゃになって
顔を出した
そのお札を見たら
思わず笑ってしまった
じゃあ
あみちゃんは
ここに座っていて
あみちゃんを
番台の前の
丸椅子に
座らせる
パパは
どんな亀を
買って来い
って
言ってた?
スッポンにも
種類や産地があって
国内種
中国種
静岡産
大分産
長崎産
佐賀産
天然モノ
養殖モノ
オス
メス
。。。
さて
どれだろう?
パパはね
かめかってこい
っていっただけ
たべられるかめだって
パパはね
すっぽんたべると
すっぽんぽんになるの
ママもね
すっぽんたべると
すっぽんぽんになるの
あみちゃんは
スッポン食べたコト
あるの?
あみはね
たべたことないの
あみもね
すっぽんぽんになろうとしたら
パパが
おまえはいい
っていうの
国内種の
静岡産の
スッポンを
水槽から
出そうとした手を止めて
中国種の
佐賀産の
大き目の
メスガメを手にとった
スッポンは
誰が
料理するの?
パパが
きって
ママがスープにするの
あみちゃんも
スッポン
食べてみたい?
うん
たべてみたい
ねえ
おじさん
せい
って
どこにつくの?
て?
あし?
ちょっと
金額には
見合わない
大き目のサイズの亀を
蠟引き袋に包みながら
精はね
ここにつくんだよ
と
胸を親指で
指した
ここにつくの?
自分の胸に
手をあてながら
あみちゃんは
首を傾げた
「あみちゃんにも
少し食べさせてあげて下さい」
と領収書の片隅に書いて
あみちゃん
コレ
パパにお手紙だから
帰ったら
亀と一緒に渡してね
うん
おてがみっ!
丸椅子から
飛び下りて
今にも駆け出しそうだ
あみちゃん
気をつけて
歩いて帰ってね
走ると
亀さんビックリして
暴れ出すからね
うん
わかった
左手に
スッポンの入った袋を
右手に
領収書を
ぎゅっと
握りしめて
小さなお客さんは
店を出ていった
それから
しわくちゃのお札を
丁寧に
指でのばして
レジに入れた
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