インハウスエディターとして会社で書籍を出版した話
インハウスエディターアドベントカレンダーの6日目は、株式会社ヤプリで働く清野(@yuta_kiyono)が担当いたします。私たちの会社では、今年の9月に『マーケターのためのアプリの教科書』という書籍をインプレスより刊行しました。
この記事では、書籍刊行のエピソードを中心に、いちインハウスエディターの仕事内容をみなさんにシェアしたいと思います。
(OGPの画像は、書籍プロジェクトリーダーのヤプリ金子さんモデル)
インハウスエディターを選んだ理由
20代はいくつかの出版社に在籍していました。編集者として雑誌や書籍をつくったり、書店営業として書棚のフェアを企画したり。具体名を出すと、慶應大学出版会(アカデミズム)、コンデナスト・ジャパン(ファッション、テクノロジー)、選択出版(ジャーナリズム)と、関わった分野はいろいろ。
30代になってから、仕事で個人的に大きな挫折があり、心機一転、コンテンツマーケティングの支援会社であるイノーバに入社。主にBtoB領域のクライアントを担当し、外部からコンテンツマーケティングのプランニング&実制作を担いました。その過程で、結局ディープなノウハウは事業会社の中にあるということに気づき、企業で専属の編集者として働きたいと思うようになりました。
転職活動をした結果、アプリをかんたんに作ることができるプラットフォーム「Yappli」を運営するヤプリとご縁があり、晴れて「インハウスエディター」の称号を得ることができました(誰からもこう呼ばれたことはありませんが)。所属はマーケティング本部で、オンラインマーケティングを主務としつつ、途中からプロダクトPRも兼任しています。
インハウスエディターとして担当している仕事
私が入社した2年ほど前は、まだ社内に専属のエディターはいませんでした。といっても、大きなカンファレンスを開催したり、オウンドメディアを運営したり、事例コンテンツをつくったりと、情報発信にはもともと意欲的だったので、すんなり業務に馴染むことができました。ここらへん、自分でインハウスエディターとしての居場所を用意する必要がある方と比べると、恵まれた環境だと思っています。
具体的には下記の3つをメイン業務としています。本題とはズレますが、これらのコンテンツマーケティング施策の延長線上に書籍の刊行があるため、それぞれご紹介します。
1.オウンドメディア運営
入社時点での私のミッションは、SEO観点でオウンドメディアをグロースさせること。新規記事を追加するのはもちろん、過去記事のリライトもマメに行って、メディアを育てていく感覚で担当しています。思いついたらさっと加筆できてしまうのは、インハウスエディターのメリットですね。
なお、ここの記事が、書籍のベースになっています。1冊で約15万文字必要なので、3000文字のブログ記事を50本書けば、いったん量は担保できます。書籍を出版してみたい企業の方は、オウンドメディアを運営するとしたら、自社の専門分野でブログを50本書くことができるかどうかを最初の目安にすると良いと思います。
2.ホワイトペーパー制作
マーケティング部に所属しているので、リード獲得もミッションになります。そのためのホワイトペーパー制作も私の仕事でした。こちらのページに掲載している資料はだいたい私がつくったものです。ちゃんと数えていませんが20本くらい担当したかな?
最初は企画と編集だけやって執筆は外部の制作会社さんに依頼していたのですが、途中からぜんぶ自分で書いてしまった方が完成までの時間がむしろ短縮できることに気づき、執筆も担当することに。今年に入ってからは、よりクオリティを上げるために、外部の専門家に監修で入っていただき、インタビューを行いながら制作という方法にもトライしています。
3.調査リリース
マーケティング職との兼任で、プロダクトのPRも担当しています。メディアリレーションは他のチームメンバーに任せ、社内からのネタ集めや、プレスリリース執筆が主な役割です。
「マーケティング」と「広報・PR」の違いが良く話題にあがりますが、企業(サービス)と社会の接点を探って有益な情報を発信するという観点ではどちらも似ています。特に、独自の調査データはメディアにも喜ばれるので、顧客のアプリ担当者にアンケート調査を行ったり、社内のデータサイエンティストにアプリ利用状況を分析してもらって、調査リリースという形でまとめました。この調査結果は、書籍の中でも引用しています。
これらのコンテンツは、具体的な企画内容はともかく、大まかな方向性としては、入社前からやった方が良いと考えていたことばかりです。支援会社に居たときの癖で、提案スライドを3枚くらい用意して面接でプレゼンしました。そのとき思い描いていたことを、実際に形にしてきた2年間と言えます。
書籍を出版するまでの経緯
それでは、ようやく本題に入ります。
実は、社内のノウハウをまとめて書籍を出した方が良いという話も、入社前に面接の場で社長に伝えていました。そのため、正式に予算がついてGOサインが出る前から、前述のコンテンツ制作業務を通じて、自分自身のアプリに関する知識を増やし、読者となる顧客の解像度を上げ、書籍制作に備えていました。
感染症拡大の影響でタイミングこそ後ろ倒しになったものの、書籍をつくること自体には社内で大きな反対がなかったので、「書籍を出版するメリット」について気合入れた社内プレゼンはやっていません。個人的にもエディターだったら本くらいつくるよね、って感覚なのでちゃんと言語化したことがなかったのですが、下記がメリットでしょうか。
・既存のプロモーション施策(広告、オウンドメディア、SNS、セミナー、展示会etc.)ではアプローチできない人に情報を届けることができる
・一冊の書籍にまとめられるだけの専門性がある会社だと認めてもらえる
・商談相手にプレゼントすれば、背景知識についての理解を深めていただけて、以降の商談がスムーズに進む
・採用にも効果あり(私自身、立ち読みした本の著者の会社に入社しました)
社内でもここらへんは意識していて、単なるプロモーション効果以上の効果が期待されていました。普段の私の担当範囲であるマーケ施策・PR施策の範囲を超えるので、部署の予算ではなく、全社プロジェクトという位置付けで取り組むこととなりました。
書籍の作り方
書籍制作のプロセスは、オウンドメディアやホワイトペーパーと基本的には一緒ですが、長期化し、複雑化するので、プロジェクトメンバーの目線合わせが大切です。
書籍のコンセプトと対象読者
コンセプトとしては、ヤプリが提供するサービス領域の「アプリ開発」「アプリ活用」を軸としつつ、自社のサービスの売り込みはせずに中立的な立場から、教科書として読んで貰える内容を目指しました。
対象読者は、東京以外の、社内にエンジニアが居ない企業に在籍する若手の販促担当者。「うちもアプリ作ったら?」と上司に丸投げされて、右も左もわからなくて困っている、というようなシチュエーションを想定しています。「アプリ開発」というトピックスは、エンジニア向けの情報も多いので、専門用語を使いすぎないように、読者像を何度も確認しながら進めました。執筆に入る前に、N=1インタビューをあらためて実施して、ペルソナとして可視化して、プロジェクトメンバーで共有しました。
ありがたかったのは、ここらへんについて社内で意見の対立が起きず、初めから「自社の宣伝だけになると良くないよね」という意識で一致していたこと。読者にとって役立つ情報を提供するというコンテンツマーケの精神が根付いている会社だったことが、スムーズに本を出すという意思決定ができた理由です。
制作体制
企画内容が固まったら、いくつかの出版社に提案をして、普段から付き合いのあるインプレスさんに決定。インプレスさんから編集者がアサインされ、ライターは香港在住のITに詳しい方に引き受けていただくこととになりました。
ヤプリは見え方的には「著者」、実質は「監修」という立場ですが、ライターさんもアプリ開発の専門家ではないので、こちらがインプットした情報をベースに、まず原稿を提出していただき、それをひたすら私がリライトするという流れで進めました。
私の知識があやふやな部分は、社内のエンジニア、デザイナー、ディレクター、カスタマーサクセスからヒアリングしてインプット。まだまだ社内に埋もれている知識があるなと痛感しましたが、普段関わらない人とも会話できて楽しかったです。
また、事例インタビューが12社分掲載されているのもこの本の特徴で、そちらは他のプロジェクトメンバーが担当してくれたのですが、みなさん心良く協力してくれたとのこと。事例コンテンツやセミナー登壇などで各社のアプリ担当者と関係が築けていたのも大きいと思います(弊社のビジネスサイドの一番の強みかも)。
まとめると、ヤプリが所有するノウハウ、コンテンツ資産、人間関係を総動員し、編集して書籍の形にする、という行為だったと言えます。
なお、表紙のイラストも社内のデザイナーです。
制作プロセス
実制作に入ったのが2月で、校了したのは7月なので、制作期間は半年くらいです。
前半では、目次を定めるのに苦労しました。もちろん、最初に章立て(1〜7)と、各章に載せる項目(1-1〜7-4)をつくってスタートしましたが、実際に目次通りに書いてみると情報が重複していたり、思ったよりも書くことが多かったりと予定通りに行かないことが多く、2-3の原稿の一部を、1-4の冒頭に持ってくるなど大胆な編集をするケースもありました。ここは、私の設計力不足にも原因があり、反省ポイントです。ブログ50本が手元にあればそのまま書籍にできるわけではなかった。
後半の3カ月くらいになると、リライト作業に忙殺される日々。特にラスト1カ月半くらいは、マーケ・PRの通常業務は、最低限のタスク以外いったん外していただき、書籍プロジェクトにリソースを全振りしていました。1章分の原稿を戻し終えたら、また次の章の原稿が届いて、という感じでエンドレスでした。過去の経験から「やってればいつかは完成する、〆切が来るから」とわかっていたので立ち止まらずにリライトし続けました。
終盤はスプレッドシートで課題管理表をつくって、チームメンバーの認識の齟齬や、外部への許諾取得、修正事項の漏れがないように進めました。ちなみに、ここまでやりとりはすべてZoomとSlack、ゲラチェックもPDFで行ったので、表紙の色校チェックや、紙の種類を選ぶとき以外は、物理的な書籍をつくっているという意識は薄かったのが実態です。
出版後の反響
実際に手元に届いたときは、とにかく無事に刊行できて良かったという気持ちでしたが、書店に行って棚に並んでるのを見るとやっぱ嬉しいですね!
あとは、既存顧客にも運用の参考にして欲しかったので、各社に献本させていただきました。「経営陣全員に読んでもらいたいのであと15冊は欲しいです」「社員に必ず読むように伝えました」などの声を頂戴することができました。現場の方をターゲットとしつつ、経営レイヤーの方にも届いたのは、書籍というコンテンツ形式ならではの現象かと思います。
書籍刊行イベントを実施したり(制作の苦労話ではなく、事例で紹介した話を深掘りする内容)、ヤプリの新入社員入社時に配ったりと、いろんなところで活用いただいています。来年にはさらに新しい動きもあるかも!?
というわけで、私個人の視点から振り返ってきましたが、一緒にプロジェクトを進めたチームメンバー全員にあらためて感謝を伝えたいです。
インハウスエディターとしての今後のチャレンジ
本を出したことで、ヤプリへ入社する前に考えていた「やったほうが良いことリスト」はすべて形にできました。書籍を出すのが、コンテンツマーケティングの一つの到達点だと思っていたので、もう他にやることあるのかな?と完成直後は寝ぼけたことを考えていましたが、他の企業の取り組みを見ていると、インハウスエディターの仕事にはもっともっと可能性がありそうだなと感じるようになりました。
新しいタイプのコンテンツ発信
例えば、Kaizen Platform代表の須藤さんが刊行した『総務部DX課 岬ましろ』は、同じ書籍でも小説という形式でメッセージを伝えています。最近は「SF思考」という言葉も流行っていますが、「フィクションコンテンツ」に挑戦するのも面白そうです。
また、出版社と組んで本を出すのではなく、自分たちで出版レーベルを作ってしまった「free出版」。ビジョンである「スモールビジネスを、世界の主役に。」を体現するレーベルで、これからの展開が楽しみです。
そしてなんといっても、"ビジネスコンテンツのNetflix"を目指してセールスフォースが作った配信メディア「Salesforce+」は今年大きく話題になりました。コンテンツマーケティングの取り組みとしては規模が大きすぎて容易に真似できない事例ですが、「B2Bにおけるホワイトペーパーの時代の終わり」という認識のもとにスタートした施策のようなので、若干の危機感も持ちながら、自分たちがやるとしたら?という思考実験を続けています。
私は主に「B2B」「SaaS」「IT・ソフトウェア」といったタグで事例を見ていますが、他業界でもこうした動きが加速するのが、これからのコンテンツマーケティングなのかなと思っています。
VCもコンテンツ企業化
事業会社だけでなく、ベンチャーキャピタルも情報発信を強化しています。
こちらも例を挙げればキリがありませんが、米国のVCアンドリーセン・ホロウィッツ(a16z)は「Future」というメディアを始め、Podcastなどコンテンツ発信に意欲的で、「a16zはメディア企業、マネタイズの手段がVC」と言っているほどです。
日本でも、Coral Capitalの「INSIGHTS」やALL STAR SAAS FUNDのBlogなどは、インハウスエディターを採用して情報発信に力を入れています。
メディアも事業会社もVCも同じ
コンテンツ制作や流通をメディア企業が独占していた時代はとうの昔に終わりました。メディアも、事業会社も、VCも、ビジネスモデルが異なるだけで、エディター視点ではほとんど境界線が曖昧になっているのがいまの時代。そんな中で、どんな角度からコンテンツをつくっていくのか?が問われています。
眠れない夜に、たまに考えることがあります。就職活動で、周りの人がコンサルや金融を目指している中、本がつくりたいと出版社だけしか受けていなかった大学時代。それなのに、出版業界から足を洗い、気がついたらスタートアップのSaaS企業でコンテンツつくっているいま。もし、出版業界に残って、編集者を続けていたらどうなっていただろう? 職業人としてどっちのキャリアの方が、より成長できただろう? どっちの方が、楽しく仕事ができているだろう?
答えはいつも、宙づりのままにしています。きっと、これから何をやるかで変わるはずだからです。
原稿を編集しながら聞いていた音楽
ここからはおまけです。
書籍刊行当時を振り替えっている中で、作業中にずっと聞いていた音楽をあらためて聴き直したので、プレイリストにまとめてみました。
ほとんどは当時の流行歌で、しかも別にあんまり集中できる音楽じゃないですね。。なんか、当時はとにかくガッツが欲しかったのですよね。
上記プレイリストに実用性がないので、もっと落ち着いた環境で執筆や編集に取り組みたい、という方向けに、「本の読める店」でおなじみのfuzkueさんで流れているBGMをお勧めいたします。
ついでに、もしこの記事を読んでヤプリに興味を持っていただいた方は、下記のプレイリストを聞いてみてください。ロゴ色のヤプリブルー(#00a9e0)から連想した16の歌を集めました。
以上となります。
本記事が、「コンテンツマーケティングの次の一手として書籍にチャレンジしてみたい」「インハウスエディターのさらなる可能性を模索したい」と考える人にとって、何らかのヒントになれば幸いです。