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映画『敵』の感想。敵とはなにか。

ユーロスペースで『敵』を観てきました。
原作も予告も見ずに行ったので、前半は『パーフェクト・デイズ』みたいに丁寧な暮らしを送るおじいさんの様子を見てたはずが、後半はその丁寧な暮らしが崩壊していくカオスな展開に。観終わってから時間が経ったら、だんだん映画の解像度が上がってきたので、そろそろレビューを書こうと思います。

物語は、大学教授をリタイアして、妻に先立たれ、ひとりで丁寧に暮らしている老人の前に「敵」が現れる話。これだけだと何の映画か分からないですね。主人公・渡辺儀助を演じているのは長塚京三さんです。

ここからはネタバレありの感想です!

映画は全編モノクロ。色を排除することで情報量が少なくなりより映画の没入できました。古い日本家屋が舞台だから、モノクロがより味を引き立ててました。

前半は、儀助の丁寧な暮らしが描かれ、後半になると現実と虚構が入り混じって、その暮らしが崩壊していきます。タイトルの「敵」は、メタファーだと思うんですが、敵=「死」なのかなと。儀助にとっての「敵」は「死」なんだと思います。

儀助はXデーという日に向けて、財産管理をして、毎日いくら使えるか計算しています。Xデーは、儀助が死ぬ予定の日。美しく丁寧な暮らしを続けたい彼にとって、お金がなくなって惨めに暮らすくらいなら、死を選ぶと決めているんですね。

前半の儀助は、いわゆる「丁寧な暮らし」を毎日送っています。食パンをお皿に出さずにそのまま食べるなんてことはしないし、水回りをキレイにして、自炊もきっちり、毎日原稿を書いて…と同じルーティンを繰り返しています。住んでいるのは広い日本家屋で、隅々まで掃除が行き届いてて、めちゃくちゃ綺麗。

でも、全部観終わってから思ったのは、独り暮らしであそこまで水回りを毎日キレイにして、自宅で焼き鳥まで焼いてしっかり身体を洗って掃除を続けるって、相当な心の余裕がないとできないなと。

後半はカオス。虚構と現実が混ざり合っていきます。観終わってから振り返ると、もはや映画全体が虚構だったって解釈もアリかもしれない。
儀助は最初、かっこよく死のうと思ってたけど、Xデーが近づくにつれて死ぬのが怖くなってきます。プライドが高く、周りからよく見られたい彼は、死の恐怖と葛藤していきます。後半の妄想シーンは、Xデー(死ぬ日)に儀助が見た妄想なのかもしれません。現実と妄想が入り混じった状態になっていて、何度も死を選ぶかどうか迷っているように見えました。

儀助は過去の後悔に苛まれていきます。自分は教え子と食事をするモテる男だと思っていたのに、実際はセクハラとまで言われてしまう。亡き妻には「パリに連れて行ってくれなかった」と責められ、それもプライドが邪魔して連れて行けなかったことを後悔しています。

あと、儀助には友達がいません。隣人とも関わらず、むしろ「ああはなりたくない」と思っていたフシがあります。でも実際は、何十年も誰も訪ねてこない孤独な生活を送っていたんじゃないかと。映画では短くまとめられているけど、実際には長い孤独と葛藤の日々があったように感じます。

ラストシーンがまた怖い。亡くなったはずの儀助が庭を眺めながら「みんなに会いたい」と呟きます。でも実際、彼に会いに来た人は誰もいなくて、それでも「誰か来てくれるはずだ」と思い続けているように見えました。この虚構と現実が入り混じった状態が最後まで続いているのかな、と。

うん、なかなか怖くなる映画でした。
いくら「丁寧な暮らし」をしていても、死が近づくと心に余裕がなくなって、生活は崩壊していく。過去の後悔が押し寄せてきて、どれだけ取り繕っていても欲望には抗えず、綺麗な死を迎えることなんてできない。そんなメッセージを感じて、ちょっと怖くなりました。


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