写真と喫茶店日記
1時間半歩いて喫茶店に向かった。
入り口には「お二階へどうぞ」の文字。
動物の本能なのか安全な高い所があったら行きたくなるのが人間である。
いざ店に入ると誰一人いない。聞こえるのはラジオから聞こえる知らない男性の声。勝手に上に行くのも気が引けたのでとりあえずそのまま入り口で待ってみる。
5秒くらいすると、奥からゆっくりと男性が出てきた。いかにも”マスター”という感じの見た目。
二階に上がるのは決定しているが、便宜上「二階でもいいですか」と聞く。できる限りの極力柔らかい笑顔で言う。
「はいどうぞ」とマスター。
ラッキーなことに二階にも他の客はおらず、迷わず窓際の角の席を選んだ。
何十年あるんだろうかという見た目の店内に窓から溢れる光が差し込んでいた。
マスターが階段をゆっくりと上がりながら水を持ってきてくれる。
ハァハァという息遣いが聞こえて申し訳ないなと思いつつも今の僕の高揚した気分には逆らえない。
呼び鈴などはないので、二階から呼ぶのは忍びないなと思っていると、水を置いたマスターが目の前でスタンバイしている。
あ、頼まなきゃいけない。
ありがたいことにメニューはとてもシンプルで飲み物食べ物含めても見開き1ページに収まっている。
アイスコーヒーとエビピラフ、アップルパイのセットを注文した。
マスターが階段を降りて行ったあと、一人でメニューを眺めていると上の方に「材料費の高騰により値上げ申し訳ございません」(ざっくりとこんな感じだった)との文字。謝らなくてもいいのに、親切なお店だな。
すると下の階から女性の声が。マスター一人じゃなかったんだ。
ラジオしか聞こえなかった店内が一気に飲食店の音になった。ピラフを作ってくれているんだ。店内に自分しかおらず、自分のためだけに作ってくれているという状況がすごくワクワクする。
またハァハァという息遣いが聞こえてきた。
マスターが階段を上がっている合図。
最近ではほとんど見ないタイプのカップに並々入れられたアイスコーヒーが出てきた。テーブルに置く際にコーヒーにマスターの指が少しだけ触れたけどそれはご愛嬌。サービスの証としておいてくれるとありがたい。
続いてピラフが到着。しばらくピラフなんて食べていないので初めて出会った食べ物のように感じる。本当にいい匂い。
喫茶店といえばトーストとかナポリタンなのかもしれないけど、ここはカレーorピラフらしい。
一口食べると同時に、「歩いてよかった」と思った。
ピラフを十分堪能した後、本を読んでしばらく一人の充実した時間を過ごす。窓から入る光が気持ち良くて、読書も捗る。
しばらくした後に少し荒い息遣いが聞こえる。マスターだ。
今度はデザートのアップルパイを持ってきてくれた。
すぐわかるシナモンの匂い。どうやら焼きたてみたい。
パイの左から右にかけて焼き具合が違う。どちらから先に食べよう。たい焼きの頭か背かみたいな気分。
これも手作りの醍醐味か?
一番パリパリそうな右からナイフを入れてみる。
パリッ
僕だけの、香ばしい、乾いた音が聞こえた。
頭の中でまだ聞こえる。
一口入れるととても熱い、欲張りすぎた。
そそくさと食べるのはもったいないので、読書をしながらコーヒーとパイをゆっくり楽しむ。店内のどこかにある時計が時間を刻む音と、ラジオの男性の声だけが聞こえる。ずっと流れてるから男性とはもう知り合いにでもなった気分。
下の階で入り口のベルのなる音が聞こえた。お客さんだ。
その方はアイスコーヒーとカレーを注文していた。
マスターと仲良さそうに話していたので、もしかしてカレーの方が人気なのか?と思ったが、それは次の楽しみに取っておこう。
しかしスパイスのいい匂いが店内に立ち込めていたなぁ。
続いて煙の匂い。タバコか。
その喫茶店は今には珍しく全席に灰皿があった。
タバコにコーヒーにカレー。
僕にはできないけど、すごく大人な組み合わせに聞こえる。
喫茶店で飲食を楽しみながら本を読む自分に酔っているような僕には本当の意味での喫茶店を楽しめるのはまだまだ先かな。
喫茶店は飲み物食べ物もそうだけど、その場で過ごす時間と空間にもお金を払っているんだなとつくづく感じる。
無理に距離を詰めようとしないマスターの距離感も最高だった。
当たり前のようにコーヒーが楽しめる時代で本当に良かった。
次も同じ席が空いているかな。
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