『90』
-90-
何の数字ですかと聞かれたら
サッカーに携わる人なら大体わかると思います。
90分。
これはサッカーの1試合に使われる時間です。
サッカーの90分の中には人の心を動かす瞬間や
感動する瞬間があります。
この90分のためにサッカー選手はどれだけ人生を懸けられるのか。
僕の話を少し話したいと思います。
サッカーは11人で行うチームスポーツです。
プロチームになると30人以上在籍することがほとんどで単純計算で約3人に1人が試合のピッチに立てる事になります。逆に3人に2人はベンチに座る事になりベンチにも入れない事が起きます。
日々の練習の中で仲間達との競争に勝たなければピッチに立つことはできません。
毎日毎日血の滲むような練習をしても、試合に出場できるとは限らないのです。
ご存知の通りサッカーには監督という役職があり、基本的には試合出場は監督が決める事が全てで
自分がライバル達より優ってると思っていても
決めるのは監督です。
監督に認めてもらい初めてピッチに立つ事が叶うのです。
認めてもらうためには自己をアピールする事はもちろん監督に与えられた役割を理解しなければならないですし、選手として自分の能力を高めるためにやることは山ほどあり、その中で厳しい競争に勝って初めて試合に使ってもらえます。
僕自身も様々な経験をしてプロ生活を続けてきましたし、今も続いています。
競争に勝つこともあれば、負けることもありました。
その一つ一つの経験が糧となり今の自分があると思っています。
振り返れば高校生からプロになり初めてピッチに立つまで約2年もの間一度もベンチに入ることもなく練習をしている時期がありました。
アマチュアの世界から入った若造が入り込める隙間など全くない環境の中でレベルの高い先輩やライバルを見て自信を失くしていましたし、練習の中でも
何も表現できずアピールできない日々を送っていました。
コーチや先輩から言われたアドバイスは頭ではわかっていても、それを実行する事は難しく練習が終われば寮に引きこもり誰にも会いたくなくなり引きこもっていました。
毎週末になれば試合がありベンチに入れない僕は
グッズストアで来てくださるサポーターの方向けのサイン会や写真撮影の場所が定位置になり、ピッチに立つ先輩やライバルが輝く姿を遠くのスタンドから見てだんだんとこう思うようになりました。
『俺はあのピッチに立つことなんてできないし、おそらくプロとしてお客さんの前でプレーすることはないだろうな。』
試合観戦の帰り道ナイターのスタジアムのライトを眺めて車を運転しながら悔しくて泣いた事もありました。
小さい時から大好きで続けてきたサッカーであんなに苦しい気持ちになったのはあの時が初めてでしたし僕にとってあの時の90分は自分の立ち位置が痛いほどわかる90分でした。
どうしたらいいのかわからない日々を過ごしていたプロ2年目のある日両親に初めて弱音を吐きました。
『もうここでプロとして続けていくのは難しいよ。半年後にはここにはいられなくなるかもしれない。』
一番の理解者である両親に弱音を吐く。
昔から負けず嫌いでそういう姿を見せたくなかった自分がそこまで追い込まれていたんだなと思います。
すると両親から
『自分の人生なんだから、裕介の気が済むまでサッカーを続けたらいいじゃないか。
ここでダメでも他のチームを探せばいい。日本でダメなら世界中でサッカーできる場所を探せばいい。』
その言葉を聞いて引きこもっていた自分の何かが動きました。
応援してくれる両親のためにもう一度死ぬ気で頑張ってみよう。
自分のサッカー人生を見つめなおして、一日一日悔いのないように身体が動かなくなるまで必死に練習してそれで無理なら諦めようと。
とにかく24時間サッカー選手としてすべき事を考えて行動するようになりました。
その転機から数ヶ月後突然チャンスは来ました。
待ちに待った試合出場の前の日に両親に電話しました。
『明日出るよ!試合に!!スタメンだよ!!!』
あの日から思い出せないほどの数の試合に出場して15年以上もプロ生活を続けてきましたが、あのデビュー戦の90分ほど嬉しかったことはありません。
それはそれだけあの試合に懸ける想いが強かったからだと思います。
あの90分のために流した汗(多少の涙笑)は
今の自分の精神的な柱です。
サッカー選手は色々な想いを胸に持ちピッチに立ちます。
僕はその想いがいいプレーに繋がり感動を生むと思います。
スタジアムに来てもらった観客の皆さんを
楽しませられる90分。
こんな幸せな舞台はないですよね。
35歳になる2021年。
まだまだ皆さんを楽しませるために走りますので
応援よろしくお願いします!
決意表明みたいになってしまいましたが(笑)
読んで頂きありがとうございました。
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