髪を染めておもうこと
赤髪から、黒髪に染めました。
地下鉄の窓に映った自分は、懐かしい姿だった。肌もワントーンあがったように、若返って見える。保護色で身を隠したカメレオンのように、僕は電車に乗り込み座る。赤い髪のときに感じていた周りの視線がなくなった。黒く髪を染めたはずなのに、透明になっていく。そんな妙な感覚がありました。
染髪してから、まる一年。髪を染めたことがほとんどなかった私の変を記録です。
「もっと色のある服を着たほうがいい」
仕事場の先輩に言われた。
華道家の人の衣装は、黒い。それは、華を引き立てるために、黒色を着ているとされているらしい。私も、隣にいる人をよく見せたいという思いで、好んで黒色を着ていた。だけど、先輩が言う、「あなた自身が華にならないといけない」
しかし、色のある服をみつけることは、難しい。
不景気ということもあり、色の展開は、ほとんどない。
実際、店頭に行ってみると「くすみカラー」がトレンド。あざやかな色モノの展開はほとんどなく、白と黒、そして、グレーとネイビーのベーシックカラーの展開があるくらいだ。
古着やレディースものなどは、カラフルな展開はあるものの、自身のサイズが大きいため、ハードルが高く、アドバイスでいただいたはずの言葉が、どこか呪いの言葉に変わり始めていました。
「似合わないは、個性の強調」
僕がよく通っている美容師さんに言われた言葉なんですが、似合うものを身につけすぎると「調和」してしまい、印象に残らないとのこと。
たとえば、手首の細い女の子が、ごつい太めの時計をしているだけで、それが「はずし」になり、個性か強調される。
そうするように、自分がどう思われたいのか。自分をどう見せたいのかによって、手段はたくさんあると、その美容師さんは言う。
どう思われたいのか、それは決まっていた。
「赤髪の彼なら、大丈夫かと思って。」
そうして僕は、服を彩ることは諦め、髪を赤髪にした。同僚には、「もうすぐ年齢も大台にのりますんで」と言い訳をした。理解されるような嘘を差し出した。
赤い髪にしてから、劇的に変化したことがある。それは、まず髪の毛をきっかけに話しかけてくれることだ。今思うと、黒髪で、おとなしめの服装をしていた僕に対して話しかけるには、「ひっかかり」がなかったのだろう。そうすると、当たり障りない世間話で終わってしまう。全然知らない人も、髪をきっかけに話しかけてくれることが多くなった。「まだ彼のことは、知らないけど、赤髪の人なら話しかけても、大丈夫だと思って」と。
「夢の中では、黒髪のまま」
僕は、夢を毎日見るのですが、そこにいる自分は、黒髪のままなのです。それは、つい最近も、まだ黒髪でした。同期にその話をしたときに、「両親のことをいま思い出して浮かぶのは、若いときの両親だ」と発見があったように、潜在意識は変わりにくいのかもしれない。こころの前髪で気持ちを隠すように、僕は一年たっても、夢の中では、赤髪ではなく、黒髪のままだった。
本当は、赤髪で、黒髪でも、どっちでもいいと思えるところまでいけたらいいのに。
「白髪染めをすると、一年くらいは、染髪できないかもしれない」
友達の結婚式の司会をつとめることになり、僕は黒髪に一度戻そうと決めた。これは、いい機会かもしれないと思った。正直、2ヶ月に一回の染髪はそれなりにお金もかかるし、日々のケアも大変だ。髪は常に悲鳴をあげている。黒に戻そうと思うんですと、美容師に伝えると、薬品が髪に残るから、ブリーチも難しくなるかも。といわれた。
結局僕は、白髪染めではなく、一年前にもいれた「ブルーブラック」をいれることに決めた。それはフェイクブラック、「期間限定の黒」みたいなものだ。
それは、夏休み明けの高校生のような黒。
秋にはちょうどいい色なのかもしれない。
僕は、秋物の赤いロングコートを、クローゼットの奥からひっぱりだした。
おしまい