年上で後輩、いびつな関係の僕ら
「なにか、面白いことやれや。」
呑みの席で、スーツ姿の男が、僕に強要する。
彼との出会いは、なんとも最低だった。
その日は、舞台の打ち上げで、新宿歌舞伎町の地下のお店をワンフロア貸し切って、40人が公演の思い出話を振り返りながら、"うちあがって"いた。
僕は、吉瀬美智子に似ている、同期の女の子、「しか子さん」と、
flumpoolでベースを弾いていそうなイケメン男子、「インティライミ」と、
テーブルを囲みながら、自主公演の企画の話をしていた。
そこに、一人だけスーツ姿の男が、僕らのテーブルに割り込んできて、こういうんだ。「何か、面白いことやれや」と。
スーツ姿のサラリーマンの名前は「フクモトさん」
事務所の後輩で、僕よりも、はるかに年上だ。
正規雇用のサラリーマンをしながら、俳優をしていることに驚く。
そして、このやりとりが"後輩で年上な彼"とのいびつな関係のはじまりだ。
同期で行う、朗読公演の自主公演に向けて、しか子さんと動いていた。
題材は、家族の話。キャスティングは、難航していた。
自分たちでキャスティングをする際、どうしても同じ年齢層の人間が集まってしまう。父親役の候補がいない。アドレス帳を開き、上から順番に、役者を探しているときに、あのスーツ姿の男が、頭をよぎった。
僕は、フクモトさんのことを何も知らない。
しかし出会ってから思う。彼は、とにかくサービス精神が旺盛だ。
礼儀正しいし、元気がいい。声も大きいし、リアクションも大きい。
さらには、車が必要なときに、自家用車も出してくれるほどの良い人だ。
ある日、舞台で使う備品の調達のため、フクモトさんの車に乗せてもらったことがある。助手席にあったのは、無数のポケモンのピカチュウのぬいぐるみ。
「あぁ、うちのが、ポケモン好きなんですよ。」
後からわかるのだが、フクモトさんは、とても奥様を大切にしている。
土日にどこかへ出かけましょうっていって断られる。
出会ってから今まで、休みの日を、奥様のためだけに使っている。
正真正銘の愛妻家だ。
2作品目の自主公演が成功に終わった後も、フクモトさんとの付き合いは続いていた。しか子さんと、インティライミと、4人で呑むことが多くなっていた。
2作とも家族がメインの話だった。
しか子さんは、フクモトさんのことを、「パパ」と呼びだした。
フクモトさんは、しか子さんのことを、「お母さん」と呼びだした。
インティライミは、「息子」というポジションに落ち着き、僕は、「近所のおじさん」という落としどころになった。
少子化は、こんなところにも及んでいるらしい。
僕らの関係は、いびつな関係から、擬似的な家族の関係になりつつあった。
「家族みたい」とか、
「東京のお父さん」という言葉がある。
でも僕は、この関係を家族だなんて思ったことは、一度もないし、「東京のお父さん」とも思ったことがない。
それは、彼のことを、お父さんだなんて言葉で、まとめたくはないのだ。
僕にとって、「フクモトさん」は「フクモトさん」だ。
呑み屋に行くと、
唐揚げを必ず頼むし、
ビールばかり頼むし、
ときどきハイボールはさんで、なんとなく糖質気にしたりしてるっぽいけど、でも、結局、最後また、ビール頼んじゃうし、
僕よりも、めちゃくちゃごはん食べるし、
僕よりも、めちゃくちゃお酒飲むし、
いい歳なんだから、身体のこと、ちゃんとしてほしいと思うし、でも、食欲だけは、いつまでたっても大学生か、って思うし、
ただ、話を聞いてくれるときだけ、妙に大人で、でも、解決策は、何もだしてくれないし、
なにもしない存在で、ただ見守ってくれる。
なにもしないなんて、言ったら、失礼になっちゃうかもしれないけど、
あ、呑み代だけは、多くだしてくれる…w
僕が、スランプになってしまったとき、
駆けつけて、「最低でも週に1回、呑みましょう」と励ましてくれたり、
多いときには、週に3回ぐらい、呑み歩いたりしていたんだけど、さすがにお金つかいすぎだし、そのお金を奥さんに使ってほしかったから、
僕は、はじめて、「…ウチで呑みましょう」って、言ったんだ。
そしたら、40歳もすぎて、
酒のつまみにポテトチップスを買ってくるし、
呑み方だけは、いつまでたっても、大学生だなって盛り上がって、
当時住んでいた僕の部屋を、「オアシス」だなんて、言い出して、いつも、呑み散らかしたまま皆帰って…。でも、僕は、その呑み散らかした部屋を片付けるのが、好きで、夢のかけらを拾っているような気分になったんだよね…。
フクモトさんは、必ず、お別れのときに、大きく握手を求めて来る。
その手を、いつも、大きくて温かい。
呑みの席で、ときどき、
「しがないサラリーマン」をやっていると、フクモトさんはよく言う。
そんなことないよ。
サラリーマン、すごいよ。
週5で働いて、急な人事異動、終わらない仕事、そりの合わない人間関係。
自分でコントロールできないことなんて、山ほどある。
やりたいことをやれる時代になり、
何者かになることを、どこかで強要されるこの時代に、丁寧に生きている人間が、とても素敵な存在だと、「フクモトさん」を見ていると思うんだ。
「ユースケさん、次は、何をやるんですか?」
フクモトさんは、会うたびに僕に向けて言う。
それは出会ったときの、やりとりを思い出させる。
でも、あのときとは、また違う印象だ。
「何か、面白いことやれや」という、"優しい強要"は、僕の進むべき道を、明るく照らしてくれる。