昨日は、君が電話くれたから、今度は、僕がかけるよ
「昨日は、君が電話くれたから、今度は、僕がかけるよ」
なんて会話、今じゃ絶対にしないし、口説き文句にもならない。
Eメールの登場により、トーク力よりも、メールを書くコミュニケーションが主流になる。しかし、再びトーク力にスポットが当たる出来事が起こる。
それが、スカイプの登場だ。
ご存知の通り、スカイプは、無料でチャットと通話ができる。当時は、カケ放題なんてプランはないし、もちろん「LINE」もない。通話代は、恋人たちの深刻な経済問題になっていた。(はず)
すっかり忘れてしまっている人もいるかもしれないが、電話の通話代は、かけた側の負担だ。
「昨日は君がかけてくれたから、今度は、僕がかけるよ」
このセリフによって、世の男性は、自分の偽りの懐の深さを見せていたに違いない。しかし、スカイプの登場で、これらの問題がすべて解決した。
まさにスカイプの登場は、黒船来航。(※但し、PC持ちに限る)
書店でバイトしていた女の子。彼女は、バイト先では後輩なんだけど、転部したこともあり、一つ年上なのに、同学年に籍をおいている複雑な関係。名前は確か、「めぐみ」さんだったと思う。
当時の僕は、同じバイト先の「丸いメガネをした黒髪の乙女」に恋をしていた。季節は3月に差し掛かり卒業というリミットがあった。僕はめぐみさんによく相談していたのを覚えている。ただ、バイトが終わるのが、22時だったこともあり、帰ってから携帯電話でやり取りする。しかし、メール文化に対応できていない僕たちは、メールよりも電話する方が楽だった。だが、通話代が気になる。そこで、僕は、ある提案をしてみる。
「スカイプしない?」
「…ごめん、パソコン持ってないんだ。」
そう、PC持ちに限るのだ。たとえ黒船が来航していても、PCを持っていなければ、ペリーに会うことはできない。
「でも、お父さんのパソコン使えばできるかも!」
電話を切り、お互いにスカイプの準備を始める。当時はwifiなんてない。有線だ。しかも、電話線の近くのため、スカイプを使うにはリビングのパソコンを使うしかない。言っておくが、実家の壁は薄い。できるだけ小声で話す。
当時は、パソコンのスペック不足だったのだろうか、
スカイプで通話していると、5分に一度くらいの割合で、パソコンのファンが回る。
それが、なぜか回線に割り込んで、二人の会話を遮る。そして、PCファンが止まるまでの5分間通話が切れる。
彼女のパソコンが原因らしいのだが、解決する手段がない。
僕らは、通話代を節約する代わりに、
ときどき、PCファンによる妨害を受けつつも、
5分間の相談タイムを繰り返す。
こんな通話環境なのに、僕らは、ほぼ毎日楽しく会話をしていた。
もし僕が、「丸いメガネをした黒髪の乙女」に告白しなければ、きっとこの時間は永遠に続いていくのかもしれない。なんて考えもした。
告白をした。その報告。
いつも通り、スカイプをつなぐ。
最後の通話になることは、お互いに気づいたと思う。
彼女は、労ってくれた。 僕は、お礼を言う。
「こんな男の相談のってくれて、ありがとう」
「私は、楽しかったよ。でも残念だったね」
「これからは、めぐみさんに、かまってあげられなくなりますね」
「わたしは」
ファンの音。
通話が切れる。
いつも通り、待つ
すると、チャットが立ち上がる。
「わたしは、かまってあげなきゃとか、そういうのは嫌なんだ。
たとえば、ああ、こいつ今、暇なのかな~、とか
元気なのかな~とか、そういうときに連絡してもらいたい」
僕は、「そうなんだ」と書き込む。
また、彼女からチャットに書き込まれる。
「あなたの物語に巻き込まれて、
私は、あなたのことをたくさん知ったけど、
あなたは、私のことを、何も知らないね」
そのとき、彼女の顔が見えなくなる。
この文章を打った時、彼女はどんな顔をしていたんだろう。
返信する言葉が見つからない。
メールやチャットを送りあうたびに、薄々気づいていた。
言葉はいつも、想いに足りないことを。
言葉が見つからない僕は、こう返すしかなかったんだ。
「今日は、君が電話くれたから、明日は、僕がかけるよ」って。