深夜に鳴る携帯は、ろくなことがない
実家の壁は薄い。
だから、電話はできなかった。もちろん、会話を聞かれたくないからだ。 思春期だからだ。当然だ。
だから、夜に連絡をしたい場合は、メールをするしかなかった。
学生時代、僕はSONYの『premini』を使っていた。超小型携帯電話を売り文句に購入したが、超小型だからメールを打つのに苦労したのを覚えている。当時は、1回の送信で500文字までしか送ることができない。長文を打ちたいときは3回に分けて送ったりしていた。今では、考えられない。
「就職するなら、うちの会社くればいいよ」
リクルートでデザインの仕事にしていた、小柄で小動物っぽい年上の女性。確か名前は、『アヤさん』だったと思う。同じ習い事に通っていて、当時の僕からしたら、完全に自立している大人の女性だ。
深夜、自分の部屋。ケータイのバイブが鳴る。その音に気づき、まどろみながらベッドの上から、ケータイに手を伸ばす。アヤさんからのメール。徐々に目が覚めてくる。彼女はいつも、この時間にメールを送ってくる。他愛のない内容。メール1通、500文字しか打てないから文面を工夫する。そうこうしていると、メールを返信するころには、完全に目が覚めている。
コミュニケ—ションの形は、いつから変わったんだろう。ベッドの中で、あなた送りたい言葉を、500文字の中に、どれだけ詰め込めるだけを考えていたあの頃に比べ、僕は今、定型化されたスタンプや言葉を「ナニか見えないモノ」と競い合うかのようにやりとりしている。
あなたは、きっと知らないと思うけど、メールを送ってからが一番頑張っていた瞬間だと、僕は思う。メールを送ってから、またすぐ返信がくるかもしれないから、起きてる努力をする。でも眠くなる。でも起きてる努力する。でも眠い。寝てしまおうか…。あなたからメールが返ってくる。目覚める。ほら、頑張っていたでしょ。
何回かやりとりすると、500文字の最後のほうに「おやすみなさい」を引きずるようになってくる。
「明日も早いと思うから寝よう、おやすみなさい」
「それならいつにする? 明日は早くないけどね、おやすみなさいm_ _m」
「来週の土曜とかどうかな? おやすみ><」
「土曜は仕事じゃい! その次の日曜は? おやすみ^^」
眠る気ないだろ!…ってね。で、次の日、眠たくて後悔する…。
LINEやメッセンジャーが流行って、
いつの間にか、言葉を選ぶことより、速さを重視するようになったのかな。速さを競いあうのは、ビジネスだけでよかったはずなのに。
「この時間まで起きてるなら、電話したほうがよかったね。おやすみ」
深夜にLINEが鳴る。決まって次の日の朝は早い。今じゃ滅多に開かない。
それに、深夜に鳴る携帯電話は、ろくなことがない。
でも、もしかしたら、
あのまどろんでいた空間に行けるような気がして、明日早いことがわかっているのに、スマホに手を伸ばしてしまう僕がいる。