年輪年代学および年輪気候学, 個人的まとめ
はじめに
年輪年代学 (dendrochronology), 年輪気候学 (dendroclimatology)ってなに?
樹木はその成長記録を自身を構成する細胞に反映します. 多くの環境では, 年輪という形で1年間の成長記録がその体に記録されています. この年輪の幅が様々な外的因子 (気温, 降水量等) により左右されることで, 特定の樹種で樹木の成長環境に固有の普遍的な年輪幅パターンを形成することが発見されました (Fritts 1976). この樹木特性を活かして発展した学問領域が, 年輪年代学ならびにそのサブグループにあたる年輪気候学です. 前者では, 年輪幅のパターンマッチングにより異なる材の形成年を繋ぎ合わせることで, 様々な材の形成年を推定することを目的としており, 後者は特徴的な年輪幅でおきた短期気候トレンド (数年レベル) の推定, もしくは年輪幅の長期的変動から長期気候トレンド (現在でいえば地球温暖化レベルのタイムスケール) を推定することを目的としています.
日本における当該分野の歴史は古いものの, 本格的に研究が進んだのは1980年代以降になります (Kojo 1987, 野田 2008, 米延 et al. 2010). 日本では伝統建築や仏像といった文化財において木材が頻繁に用いられるため, 使用された木材の伐採年の決定は歴史学・考古学的に極めて重要な意味を持ちます. 特に有名は事例は, 法隆寺五重塔の心柱の伐採年に関する論争ではないでしょうか (現在, ヒノキ心柱材は京都大学生存圏研究所材鑑調査室に保管されている, 小原 2002).
なぜこれらのジャンルに興味を持ったか
現在, 樹木における木部細胞形態を取り扱うジャンルとしては, 大きく分けて記載解剖学的な木材解剖学的視点, および樹木細胞の内的・外的因子による影響を探る樹木生理学やdendroanatomy的な視点の2つがあると考えています. 前者では, ある属・種の材における普遍的な木部細胞形態を議論するのに対し, 後者では内的・外的因子による普遍的な木部細胞形態からのズレを議論する領域になります*1). 両学問領域は相補的であるため, いずれのみに取り組む形では樹木の包括的理解には繋がりません. したがって, 両者の知見を適切に統合できるよう, 適切にクロスオーバーすることが最も理想的な状態であると考えることができます. 私は木材解剖学よりの研究をしていますが, 様々調べた結果, 樹木生理学やdendroanatomyといった分野に対して知識が今後必要になるであろうということで, 現在興味を持っている次第です.
個人的興味に基づく年輪年代学・年輪気候学サーベイ
以下では, YKが年輪年代学・年輪気候学に関してお勉強しているときに, ためになった, もしくは課題を感じたトピックスについて簡単にまとめてみました. トピックス選定はかなり独断と偏見に満ちていますので, より一般的なことを学びたいかたは, いくつかの成書等を参照してみてください (e.g. Fritts 1976; Cook and Kairiukstis 1990; Schweingruber 1993; English Heritage 2004; Siegwolf et al. 2022).
1. Principles of tree and site selection他, 年輪年代学・年輪気候学における制約
学問領域の目的からわかるように, 年輪年代学や年輪気候学では樹木の年輪から如何にして情報を抜き出すことができるかが極めて重要になってきます. 年輪年代学や年輪気候学では, 年輪幅がある条件で普遍的且つ特徴的なパターンを示すことによりパターンマッチングや気候情報の推定が可能になっています. したがって, 上記の条件を満たすような樹木がこれらの学問領域において適していると考えられます. 多くの研究例から, 年輪幅から情報を引き出すのに適した樹種や生育環境というのがわかってきています. このような情報を端的にまとめたのが Principle of tree and site selectionというルールになります (Fritts 1976; Cook and Kairiukstis 1990; Siegwolf et al. 2022). 端的にまとめれば, 外的因子以外の影響が年輪幅に大きく影響を及ぼす若齢木の使用は推奨されず, また年輪幅に外的因子の影響が現れやすいような地域の樹木を使用する等挙げられます*2). 後者について説明すると, 樹木年輪に特徴的なパターンが現れやすい条件として成長限定要因 (limiting factor) という概念が存在します. なんだか難しそうですが, 概念としては単純で, 樹木がその成長をある外的因子により抑えられているような状態がよいということをあらわしています. 例を挙げると気温が年間を通して低いような山岳地帯において樹木の成長は低い気温により阻害されており, ある年に例年より気温が高いとその成長限定要因が取り除かれ, 例年以上の成長量をみせる (結果として, 細い年輪の中で局所的に幅が広い年輪が現れるといった特徴的なパターンが出現する), というイメージです. このルールに従った最良のサンプリングサイトは, 森林限界であり, そこに生育する老齢木が最良の研究対象となるわけです. また, この成長限定要因は樹木の生育環境やその地域の気候に依存して変化するため, ある地域固有の年輪幅パターンの形成につながることとなります.
上記より, 樹木における成長限定要因を利用することで年輪年代学や年輪気候学が成立するわけです. しかし逆に言えば, このような成長限定要因がはっきりとは存在していない地域で生育する樹木は研究対象から外れてしまうことを意味しています. これが原因で, 極端な成長限定要因が現れにくい日本ではこの分野の研究の発展が遅れたとされています (野田 2008). その結果として, これらの分野で使用される樹種や生育地域に大きな偏りが発生してしいるという欠点が存在しています (2. 参照. Zhao et al. 2019). 研究者人口の少ないであろうアフリカやそもそも年輪が形成されないような熱帯林ではその影響が顕著に出ています.
このようにPrinciple of tree and site selectionは年輪年代学・年輪気候学における有力な手引きになると同時に, これらの分野における適用限界を示すものになっていることがわかると思います. ただし, 重要な視点として, この原則が適用されるのはあくまで年輪幅という指標においてのみである, ということが挙げられます. 従って, 近年のトレンドとしては, じゃあほかの指標 (同位体や細胞形態) だったらどのような情報を得ることができ, どのような原則が適用できるのかを模索するという方向に移っているのではないかと, いろいろ読んでいて思いました.
2. International Tree-Ring Data Bank (ITRDB) について
International Tree-Ring Data Bank (ITRDB, Tree Ring | National Centers for Environmental Information (NCEI) (noaa.gov)) とは, 1974年に設立された年輪に関するデータを集積した国際的なリポジトリになります (Grissino-Mayer and Fritts 1997). 当該リポジトリの設立目的は, 信頼性の高い年輪データの適切を保管することにあり, それが誰でもアクセス可能となっています. 2018年段階で, 4000ヶ所226樹種のデータが登録され, アクセスすることが可能となっています (Zhao 2019).
適切なデータ検証 (e.g. Fritts 1976; 米延 et al. 2010) が行われた年輪データが登録されており, オープンサイエンスの先駆けとなっているITRDBですが, いくつかの課題も存在しています. それは登録された地域・木材に偏りが存在することやデータフォーマットが旧式化していることが挙げられます (Sullivan and Csank 2016; Zhao 2019, Pearl et al. 2020). 前者について, 特にアメリカとヨーロッパのデータが集中しており, その他の地域のデータは少ない傾向にあります. これは分野の歴史や研究者人口が影響しているのは間違いないのですが, Principle of tree and site selectionの影響も否定できないのではないかと思います. 後者については, 今後のデータ利用に関係するため極めて重要な問題になっているはずです. そもそもリポジトリ管理は科学者のボランティアであること, データは現在進行形で増えていることを考えると, そう簡単にはルールを変えることは難しいでしょう. 時代に合わせてどのようにアップデートしていくべきなのか, 難しい局面に直面しているのではないかと勝手に想像しています.
3. 環境因子と木材細胞形態との関連性
今回は, dendroanatomyで対象として取り上げられる細胞壁厚と仮道管径を中心に過去の報告をまとめてみました. これらのパラメーターが注目されている理由として, 年輪による気候復元では気候以外の因子 (樹齢, 虫害, 樹木における栄養成分の貯蔵等) の影響が大きいという欠点がある一方で, 細胞形態ではそのような影響が小さい可能性が存在するからです (e.g. Bjorklund et al. 2020).
気候と細胞壁厚の関係性
以下読んだ論文のまとめです. かなりざっくりとしたまとめですので, 興味がある方は本文を参照してみてください.
気温とは正の相関, 降水量とは負の相関 (Picea glehnii, 北海道, Yasue et al. 2000)
相関はみられるものの, 気候と複雑な関係性を示す (Pinus sylvestris, Larix sibirica, 南シベリア, Belokopytova et al. 2019)
降雨量・気温共にはっきりとした相関はみられず (Picea abies, イタリア, 標高1200m, Castagneri et al. 2017)
放射壁最大値が夏の気温と正の相関 (Pinus sylvestris, フィンランド, Bjorklund et al. 2020)
細胞壁厚と夏の気温と正の相関 (Picea mariana, カナダ, Wang et al. 2002)
細胞壁厚と夏の気温と正の相関 (Larix cajanderi, 北シベリア, Panyushkina et al. 2003)
細胞壁厚と6-7月の気温と正の相関 (Larix sibirica, Larix gmelinii, Larix cajanderi, シベリア, Kirdyanov et al. 2003)
早材細胞壁厚と夏の平均気温は負の相関 (Picea obovata, Pinus sylvestris, Larix sibrica, 南シベリア, Fonti and Babushkina 2016)
有意な相関はみられず (Larix decidua, Picea abies, スイス, Bryukhanova and Fonti 2013)
細胞壁厚と気温は正の相関 (Pinus cembra, イタリア, Carrer et al. 2018)
細胞壁厚は降水量と正の相関, 気温とは負の相関 (Pinus nigra, Pinus sylvestris, スペイン, Martin-Benito et al. 2012)
細胞壁厚は9月の気温と正の相関, 5月の降水量と負の相関 (Picea crassifolia, 中国北西部, Xu et al. 2013)
晩材細胞壁厚は夏の降水量と正の相関, 春の気温と正の相関(Pinus nigra, イタリアコルシカ島, Szymczak et al. 2014)
上記結果をまとめると, 気候と細胞壁厚の関係性は単純ではなく, 樹木の生育環境等が大きく影響していると考えられます. 実際, 細胞壁の堆積自体かなり複雑な機構に基づき行われているため (Zhong and Ye 2015; Zhong and Ye 2019), 気候条件が細胞壁堆積のどのステップに影響を与えているかを推定するのは極めて困難であることが予想されます. ただ, 気温が成長制限要因となっているエリア (主に山岳地帯) では, 細胞壁厚と気温が正の相関を有するという報告が多い傾向にありました.
気候と仮道管径との関係性
以下読んだ論文のまとめです. かなりざっくりとしたまとめですので, 興味がある方は本文を参照してみてください.
5-7月降雨量と正の相関, 8月以降降雨量と負の相関, 気温とは負の相関 (Pinus sylvestris, 南シベリア, Belokopytova et al. 2019)
5-6月降雨量と正の相関, 7月以降降雨量と負の相関, 気温とは負の相関. (Larix sibirica, いずれもPinus sylvestrisに比べて微弱な相関が観測, 南シベリア, Belokopytova et al. 2019)
降雨量と正の相関 (Pinus longaeva, 北アメリカ, Ziaco et al. 2016)
降雨量と正の相関, 気温と負の相関 (Picea abies, イタリア, 標高1200m, Castagneri et al. 2017)
前年の気温 (早材), 当年の気温 (晩材) と負の相関, 前年の降水量と正の相関 (Psudotsuga menziesii, アメリカ, Balanzategui et al. 2021)
晩材の内腔面積が気温と負の相関 (Pinus sylvestris, フィンランド, Bjorklund et al. 2020)
早材内腔径と夏の平均気温は負の相関 (Picea obovata, Pinus sylvestris, Larix sibrica, 南シベリア, Fonti and Babushkina 2016)
有意な相関はみられず (Larix decidua, Picea abies, スイス, Bryukhanova and Fonti 2013)
細胞内腔面積と夏の降水量は正の相関 (Picea abies, イタリア, Castagneri et al. 2015)
細胞内腔面積と夏の降水量は正の相関 (Pinus sylvestris, スウェーデン, Pritzkow et al. 2014)
内腔面積と気温は微弱な相関で応答は複雑 (Pinus cembra, イタリア, Carrer et al. 2018)
内腔径は気温, 降水量と負の相関 (Pinus nigra, Pinus sylvestris, スペイン, Martin-Benito et al. 2012)
内腔径は夏の気温と負の相関 (Picea crassifolia, 中国北西部, Xu et al. 2013)
晩材内腔径は夏の降水量と正の相関, 夏の気温と負の相関(Pinus nigra, イタリアコルシカ島, Szymczak et al. 2014)
細胞壁厚と同じく, 樹木が成長する環境における成長限定要因が様々なので, 単純な結論は引き出せそうにありませんが, 降水量が多いと仮道管径は大きくなるという報告が多いような印象を受けました. これは, 仮道管の拡大が膨圧によって引き起こされているというところに影響されているからかもしれません (詳細は4.にて議論, 膨圧が主因子であるなら, 前年の降水量と相関する, という可能性はあり得るのだろうか??). Ziaco et al. (2016) では, 仮道管形態は年間を通した成長限定要因よりもむしろ, 細胞発生や壁形成といったプロセスをより大きく反映しているのではないか, という指摘は興味深いと感じました. これが真であるなら, 年輪幅ではなく細胞形態で気候復元をする際には, 必ずしもPrinciples of tree and site selectionに従う必要がないことを示唆している主張です.
4. 木部形成の開始, 仮道管の拡大, 二次壁の堆積
木部形成の開始
木部形成開始時期の把握は, 形成層活動の始まりが年間の木部形成量 (≃年輪幅) に影響することから, かなり重要な視点になります. また, 移動窓や小区間, tracheidogram (Vaganov et al. 2006) をベースにした細胞形態評価 (e.g. Castagneri et al. 2017; Belokopytova et al. 2019; Balanzategui et al. 2021) では, 木部形成開始時期に大きく影響するので, 解析をする上でどのようなトレンドが存在するか把握しておくのは (すでに形成された材から木部形成時期を逆導出 (retrospecitive approach) することは現状不可能なので) 極めて重要になります.
幹のみをターゲットに絞って話を進めると*3), 幹部形成層活動の開始には様々な内的・外的因子 (前者: 植物ホルモン, 後者: 気候等) の影響が考えられます. それらの因子の中でも気温が関連しているであろうという説が有力だそうです (Begum et al. 2015; Begum et al. 2018). より詳しく言うと, あるしきい値温度を超えた分の温度の累積和が関連しているとされ, これはCRI (cambial reactivation index) と呼称されています (e.g. Begum et al. 2010). 針葉樹・広葉樹ともにこの概念が適用できるとのことですが, しきい値温度は樹種や樹齢に影響する (形成層活動が樹種や樹齢に影響するため, Rossi et al. 2007, Cuny et al. 2014) でしょうから, その点は注意が必要かもしれません. 外気温と間接的に関連する指標である積雪と雪解け時期も形成層活動開始に影響するとのことです (Rossi et al. 2011).
仮道管径の拡大
形成層から発生した細胞は, 細胞拡大および二次壁堆積を通してその細胞形状が決定されることがわかっています (Rathgeber et al. 2016)*4). 細胞拡大の主因子は膨圧で, 水分が成長限定要因となる乾燥地域では, 仮道管径はほぼ膨圧によって説明されるという報告があります (Cabon et al. 2020; Peters et al. 2021). すなわち, 水分量 (降水量) と仮道管径は正の相関を有することになるます. 実際には, 膨圧により細胞が拡大できるよう, 一次壁のポリマーを緩めるような作用が働いたり, そもそも膨圧が発生するように植物ホルモンの濃度グラジエントが生じたり, などなど複雑な機構が絡み合う結果, 細胞の拡大が発生すると考えられています (Rathgeber et al. 2016). 針葉樹における最終的な仮道管の大きさは, 仮道管の拡大にどの程度の時間がかけられているかによりその多くは説明できるそうです (Cuny et al. 2014).
二次壁の堆積
二次壁の堆積が開始するころには細胞拡大は完了されているとされています. 二次壁の堆積自体は複雑な機構を有しており (Zhong and Ye 2015; Zhong and Ye 2019), これに対し気候がどのような影響を与えるのかはかなり難しい問題になることが容易に予想されます. Cuny et al. (2016) によれば, 晩材でのみ二次壁堆積と気候に何かしらの関連性を有する, という実験結果が得られています (より正確には, 晩材の二次壁堆積速度が温度と正の相関を有しており, 尚且つ樹種依存性が存在する. 面白いのは, 早材・移行材における細胞拡大にかける時間は外的な環境因子の依存性がみられなかったという点). 仮道管の拡大と二次壁の堆積のバランスが針葉樹における早材・晩材のパターニング (Cuny et al. 2014), 年輪内密度変動 (Intra-annual density fluctuation, IADF, De Micco et al. 2016) に影響を与えるので, 針葉樹細胞形態の定量に興味のある筆者的には結構気になるところではあります*5).
5. Quantitative wood anatomyと方法論開発
Quantitative wood anatomy は, その名の通り木材の細胞形態を定量化することで価値ある情報 (特に気候等, 外的因子と木材細胞形態との関係性) を引き出そうとする分野になり (von Arx et al. 2016), その歴史は比較的浅いです. 形態情報の抽出には, 木材細胞形態に特化した画像解析手法を用いることが多く, ソフトウェアとして市販されているものも存在します (e.g. ROXAS: von Arx and Dietz 2005; von Arx and Carrer 2014. WinCELL: Deslauriers A et al. 2003)*6). 主に対象とされる細胞形態情報は, 針葉樹であれば仮道管とその内腔断面積 (e.g. Cuny et al. 2014) や細胞壁厚 (Prendin et al. 2017) であり, 広葉樹であれば道管径や道管断面積を対象とする場合が多いようです (Fonti et al. 2010). 加えて, 針葉樹の場合は細胞形状が均質であることから, 形成層細胞の位置が保存された放射列 (radial file) を確認することができます (Bannan 1968). この放射列という単位に着目したのがtracheidogramであり (Vaganov et al. 2006), 環境因子の仮道管への影響を検出する上で便利な考え方の一つになっています (Brunel et al. 2014; Peters et al. 2018; Dyachuk et al. 2020; Gebregeorgis et al. 2021).
上記で示した細胞形態の定量には古典的な二値化やシンプルな画像解析手法が用いられていますが, 近年では深層学習 (特にsemantic segmentation) を用いた細胞形態の定量もなされています (Garcia-Pedrero et al. 2020; Hwang and Sugiyama 2021; Resente et al. 2021; Chen et al. 2022). 草本植物が対象であれば, PlantSegという強力な手法を利用することも可能です (Wolny et al. 2020).
おわりに
今回は年輪年代学や年輪気候学といったジャンルでも, その分野におけるデータ蓄積や今まさに発展途上の細胞形態との関連性, その方法論開発について針葉樹を対象とした研究例を中心に個人的にまとめてみました*7). クロスデーティングや気候復元には年輪幅や細胞形態だけでなく, 炭素や酸素の同位体を利用した方法論も存在しており (McCarroll and Loader 2004; Siegwolf et al. 2022), クロスデーティングや気候復元の精度は同位体の方に軍配が上がるようです (e.g. Hartl-Meier et al. 2014; Loader et al. 2019). ただ, 木材における木部形成や二次壁堆積といったxylogenesisに関連した話題を議論するのであれば, 細胞形態というのは極めて重要なキーファクターになるはずです.
そのことを考えると, 如何に楽して信頼性高く細胞形態を定量的に評価するかは, 極めて重要且つ解決するべき技術的課題であるというのが私個人の認識です*8, 9).
ながながとした文章お付き合いいただきありがとうございました. 次はなにを書こうかしらん. ほなまた…
参考文献
はじめに
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Principle of tree and site selection他, 年輪年代学における制約
Cook ER, Kairiukstis LA (Eds.) (1990) Methods of Dendrochronology. Applications in the environmental sciences. Springer, Berlin.
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注釈
須藤彰司 (2000) 植物史研究 8: 53-65.
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von Arx G, Crivellaro A, Prendin AL, Cufar K, Carrer M (2016) Front. Plant Sci. 7: 781.
注釈
*1) 普遍的な細胞形態というのは, 木材解剖学に定量指標があまり持ち込まれていないので, 厳密には定義できていないと考えています. 現状, 細胞形態の定量化はdendroanatomyでよく進んでおり, この分野の知見や技術を如何にして木材解剖学に取り込むかは重要な課題であると勝手に思っています.
*2) これに加えて年輪年代学では, 統計的に信頼性の高いパターンマッチングを実現するため, 若齢木部分を除いて最低でも50-100年輪を有する木材の使用が推奨されています (English Heritage 1998). 現状この制約は, 年輪年代学において使用することのできる木材にかなり大きな制約をかけてしまっています.
*3) 本来的には樹木という生命体全体を考慮して議論すべきではあるのですが, ここでは話が広がりすぎないようにするため, そのようにしています.
*4) 加えてこの後に, リグニンの沈着と細胞死というステップが控えていますが, これについては (めんどくさいので) 言及していません.
*5) 外的環境因子だけでなく, 樹種固有の植物ホルモンバランスによる影響も針葉樹固有の早材・晩材のコントラスト形成に一役買っているそうです (Kijidani et al. 2021). 難しいのは, 外的因子と内的因子を完全に切り離すことはできない以上, 両者単体でどのような作用を起こすのかがわからない点で, データのとり方や解析のやりようではなんとかなったりしないのでしょうか?? 統計的因果推論とかでなんとかなったりしないでしょうか??
*6)
ROXAS:
WinCELL:
ROXAS (ROot Xylem Analysis System) の初出が2005年というのはかなり驚きです. 先進的すぎる.
*7) この手の論文結構数が多くて (気候や樹種が変数と考えるだけでも, その組み合わせは膨大), 最後は食傷気味になりました. ただ, dendroanatomyに関連した論文数は思っていたほど多くはないので, まだまだこれからなんだろうなとも思いました.
*8) 個人的な印象ですが, tree phenologyやdendroclimatologyの分野ではこの点に関する問題意識は大きく (特に欧州), 一方でwood anatomyではこの意識が大きくないような気がしています. 実際, Quantitative wood anatomy (von Arx et al. 2016) という概念自体は前者の研究領域で提唱され, 本文で示している通り多くのソフトウェアが開発されています. 勝手な想像ではありますが, 木材解剖学の起源自体は記載解剖学という博物学の領域であり, "目で見たものを記録し, 整理すること", が第一義になっているのが影響しているのかもしれません (須藤 2000).
*9) 理想的には誰でも使うことのできる技術基盤として確立を目指しています. そのための取り組みとして, 公開した論文に関しては, そこで使用したものをぼちぼちgithubに上げることを努力目標としています (人の目につくものになるので, コストは大きいですが…). 公開しているとはいえ, それを利用するためにはユーザーによるコーディングは必須で, とっつきやすいとは言えません. コストはかなり大きくなりますが, ImageJのプラグインのようなものを別途開発すべきであるかは悩みどころです*10).
*10) こういうことをやりたい人やできる人が少しでも分野で増えるとうれしいですが… インフラ整備ってインパクトがないですし, 表立った業績としても認められにくいでしょうから… 長い視点で見たとき, 方法論の確立というのは極めて大きなインパクトを持っているはずではあるのですが.