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【西日本豪雨】交通対応最前線ダイアリー:7月11日-土砂

7月11日(水)

この頃,学科の有志の先生と毎日オンラインでミーティングを行っていたが,徐々に,「復旧」のフェーズに変わりつつある様子が見えてきていた.
一方で,「交通」の専門家として,できることがまだ見当たらない.ここ数日,時間があればGoogle Mapを眺めていた.どこが渋滞してるのか,また,どこが通れるのか,という情報を収集するためであった.Google Mapの精度は極めて高い.よくみていると,どこまでが行けて,どこで崩れて通行止めになっているかも,表示されたデータから推測できる精度であった.その結果から,「通れるマップ」みたいなものを作ってホームページに出そうかとも思ったのであるが,現地を見ずに確信のない情報を発信するのもどうかなぁ,と思い,やらなかった.ただし,色々な方から,ここからここにいくにはどうしたら良い?という問い合わせをメールやSNSなどで沢山問い合わせは受けていた.そういった問い合わせには,「おそらく,いけそう」という前置きをして情報提供をしていた.

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7月11日の午前中,職場から近くの大学の,同じ専門分野の先生と一緒に,再度自治体を訪問することとした.朝,広島市内のファミレスで一緒に朝食を取りながら,あれこれ情報交換をした.その後,広島市の東に隣接する安芸郡海田町の役場を訪問した.

役場近くの光景に,まずは驚いた.道路がまだ砂まみれであり,消防車が出ており,道路も通行止めの状態であった.

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役場の幹部の方に話を聞いた.「困りごとはなんでしょうか?」と.
いただいたリクエストは,今後の土砂崩れが心配なので,地上から見えないところの斜面の危険度を把握できないか?ということであった.我々の専門外である.ただし,リクエストを受けた以上,何とかしなければならない.大学の地盤工学の先生に申し送りし,対応してくださったようであった.ただ,「交通」の面では,役に立てなかった.そりゃそうである.役場の中も,被災された方々への対応で職員の方がバタバタの様子であった.まだ,人の動き,ものの動きをなんとかしよう,という段階ではなかった.

午後には広島県庁を訪問し,交通を担当する部局に行った.それほど忙しい様子でなかった.(ただし,この様子は3日後には一変する)

その日は,その後,特にこれといった対応なり調査をしたわけではなく,夕方には自宅に戻り,夜7時からの学科の先生方の定例ミーティングに参加した.交通網の寸断のため,呉には行けていないが,呉にお住まいの先生方からの話では,ボランティア活動など,徐々に動きが出つつある様子であった.ただ,広島にいる自分は何もできていないのだが.

その日の深夜,大きな情報が入ってきた.広島市と呉市を結ぶ重要な国道で,発災後寸断されていた国道31号が,深夜から通行止めが解除となったのである.学科の先生方との会議では,結構ひどい土砂崩落だとは聞いていたが,想定外のスピードである.とはいえ,想定外とは言いつつも,”想定内”でもあった.国土交通省は大規模な災害が発生し,道路が寸断されても,1週間もあれば通れるようにする.例えば2011年に発生した東日本大震災では,「くしの歯作戦」と称される,命の道を確保する作戦を実行した実績があった.

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自分自身でも,京都大学に在籍していた際の研究で,この「くしの歯」作戦を取り上げたことがあった(夏山・神田・藤井(2013)).研究を通じて,国土交通省,そして,携わる建設関係の方々の魂に心を打たれていた.また,前年(2017年)に1年だけコンサルタントに戻ったが,その際に,国土交通省中国地方整備局の調査プロジェクトで,中国地方で道路が災害で被災した際の対応策を検討する機会をいただいていたのも大きい.発災後72時間で,1週間後で通すべき道路の考え方,方法,手順がイメージできていた.

これで呉にいける.早速翌朝,通って行ってみることとした.

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