トパーズに希望と夢をこめて
木曽五木で知られる翌檜は、「明日は檜になろう=明日なろう」の意味だという、ちょっとせつない逸話がある。ヒノキに憧れるもそれが叶わない運命だというわけ。
大学時代、生態学の実習で実際のヒノキとアスナロを観察した。案外アスナロだって枝ぶりがカッコいいじゃないか、なんて思った。アスナロが過小評価されているように感じたのを覚えている。
11月の誕生石はトパーズ。トパーズは、アスナロと同じように過小評価されているんじゃないか。これまでどおり誕生石について書こうとしたとき、そんなことを考えた。
何度か書いたように、わたしは宝石の鑑別をやっている。毎日いろんな石を調べている。誕生石のリストにある宝石のなかで、このトパーズは調べる頻度がとても低い。
宝石の鑑別には料金がかかる。高く売れる宝石であれば、鑑別料金なんて微々たるもの。超レアストーンというわけでもないのにあまり鑑別されないということは、あらかじめ鑑別書をつけるのがコストにみあわないというわけだ。
なんだかそんなトパーズが哀れな気がして、以前わたしが岐阜県で採取したトパーズの結晶をスケッチした。
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トパーズのモース硬度は8。モース硬度計の基準石になっている。ダイヤモンド、コランダム(ルビーとサファイア)に次ぐ硬さの基準。硬度が高いというのは、傷つきにくいということ。身につける宝石としては、とても重要なファクターだ。
トパーズはだいたいが透明度が高く、ものすごくおおきな結晶もとれる。以下の写真は、サファイアのときにも紹介したスミソニアンの『Unearthed』(J. E. Post著, 2021年)より。ここまで大きく、なおかつ透明なのは、ほかの鉱物ではなかなかお目にかかれない。
傷つきにくくて、透明でおおきな結晶も採れる。これらは、宝石としてのメリットだ。実際、アンティークではトパーズをあしらった魅力的なジュエリーがある。
下の写真の右側に載っているのは、19世紀前半のもの。脱着式のペンダントとセットのネックレス。シェリー酒のような落ちついた色合いで、インパクトこそないけれど、これだけまとめて使われていると統一感があって素敵だ。
ちなみにその上品なアンティーク・ネックレスの左側に載っているのはブルートパーズ。このハート型のブルートパーズのキャプションには、研磨のむつかしさについて書かれている。
そう、トパーズの研磨には高度な職人技が要求されるらしい。わたしは宝石の研磨はしないのだけど、研磨職人さんからもおなじような話を聞いたことがある。
トパーズには強い劈開がある。
劈開とは、特定の方向性をもった割れやすさ。トパーズの場合、結晶軸に対して直角の方向に衝撃がかかると割れてしまう。だから、研磨職人は結晶軸から15度ほど傾けて研磨するのだという。
そんな話をきくと、なおさらトパーズの研磨石は評価されてしかるべきだと思う。なにが評価をおとすデメリットなのだろう。
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考えられるデメリットは色が薄いことか。上の写真のアンティークのネックレスは典型的なトパーズの色。わたしは好きな色だけど、たしかにルビーやエメラルドのような鮮やかさはない。ちなみにこのネックレス、じつは似た色のシトリンも使われているという。シトリンは黄色のクウォーツ(水晶)。シトリンも11月の誕生石だ。
トパーズの大半は黄色がかったものか、無色のもの。無色の研磨石はダイヤモンドの代替品にされることもある。
ブルーは、無色に近いものに照射処理と加熱処理をほどこしてつくられる。淡いブルーは天然でも存在しているのだけど、はっきりしたブルーは処理されたものだ。
こう書くと、天然では淡色のトパーズばかりみたいに聞こえるかもしれない。トパーズの名誉のために言えば、天然・未処理で濃いめのオレンジからレッドのものがある。見出し画像に載せたのがそれ(VCAとパリ自然史博物館による『GEMS』より)。
商業名インペリアル・トパーズ。そのクロム由来のオレンジ〜レッドはトパーズのなかではもっとも高価な色みだ。ブラジルがおもな産地で、かつてのブラジル皇帝にちなんだとか、ウラル地方でも採れていたのでロシア皇帝にちなむとか、この商業名の由来には諸説ある。
上に書いた研磨の難しさの要因のひとつ、劈開もデメリットにもなるだろうか。石留めの際や通常の使用でも、なにかにぶつけてしまったら破損の恐れがある。石が割れてしまわなくても、内部に亀裂が入ることもある。
あとは、処理が看破できないということもデメリットかもしれない。
インクルージョンのすくないトパーズには、加熱処理の痕跡が残りにくい。放射線照射はそもそも痕跡が残らない。ただ、ブルーやグリーンは無色のものを処理してつくられるのが明確なので、処理石であることが前提で流通している。
ちなみに、ブルートパーズは安価なので、目減りするのを気にせず、さまざまな形に研磨されることがおおい。いっぽうで、稀少なインペリアル・トパーズは目減りしないよう原石の形に沿った細長いペアシェイプなどが一般的。
こうして挙げてみるとデメリットに数えられる要素が少なくない。これがわたしが過小評価だと感じる理由だろうか。
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13世紀アラブ世界の宝石学者ティーファーシーは、先月のオパールと同様にトパーズについては書いていない。トパーズという石の名前は、古代からつかわれていた。科学の最先端だったアラブ世界で記載されていないのはちょっと意外だ。
ギリシャでは紅海のザバルガッド島をトパジオスと呼んでいたから、トパーズをペリドットと混同していたとか、サンスクリット語の”火”に由来するとか、いくつかの説があるようだ。
ペリドットとの混同については、カンラン石には黄色よりのものもあるからわからないでもない。しかし、カンラン石の大半はグリーンなわけだから、天然でグリーンのものがないトパーズと混同したという説には、懐疑的になってしまう。
わたしは“トパーズ”の語感から、スリランカの古名“タップロボーン”を連想した。語頭の音節(ここではタ行音・パ行音)が続くのが共通しているだけなのだけど。古代から宝石産地として知られたスリランカだからこそ、宝石(トパーズ)が採れる土地としてこう呼ばれたのではないかという気がしている。
これはほかに聞かない話だし、わたしの思いつきなので、トンデモ仮説かもしれない。だけど、語源の解釈はひととおりではないので、あながち否定もできない。
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そんなトパーズだけど、モース硬度が高い割に屈折率が高くない。わたしの偏見かもしれない。ダイヤモンドとコランダムに次ぐ硬さの指標になっているわりに、中途半端な印象がある。
トパーズの研磨石は、その大きさを活かして研磨面(ファセット)をふやすことで輝きを増すようなケースがおおい。稀少なインペリアル・トパーズをのぞけば、たいていの色が上に書いたように照射処理や加熱処理でつけられている。
無色のものは、ダイヤモンドの模造石として研磨されるほか、コーティング処理が施されるものがある。薄膜の干渉色を利用した効果のミスティック・トパーズは、アクセサリー向けに流通している。
この種の石としては、スワロフスキー社が独自開発のコーティング技術を無色のトパーズに適用したものがある。耐久性が高く、カラーバリエーションが豊富なのが特徴。研磨技術もそのために開発したという話だから、これはこれでもっと評価されてしかるべきだろう。
しかしながら、コーティング処理は人工的な着色なので、宝石としての価値はおおきく下がる。トパーズの過小評価に拍車をかけることにはなっていないか。
ダイヤモンドやコランダムのようになりきれないトパーズが、照射やコーティングという報われない虚しい努力をしているかのように思えてしまう。冒頭で触れたアスナロに通じるところだ。
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アスナロといえば、井上靖の小説『あすなろ物語』が有名だ。
井上靖は、かならずしもネガティブな印象で翌檜をひきあいに出しているわけではない。前半こそネガティブだったけど、物語の後半には、「明日には何ものかになろう」というポジティブさを含ませている。戦後復興の希望を象徴する存在になっている。
たぶんにもれず、わたしも自らの不遇や能力不足を嘆きたくなることがあるし、実際どうにもならないことだってある。たくさんある。だけど、それも解釈次第。ふてくされて可能性をつぶしてしまうよりも、わずかでも希望をもって行動するほうが、たとえ結果がおなじでも気分がちがう。
あのアンティークのネックレスのトパーズはとても素敵じゃないか。
研磨のむつかしさを克服して生み出された研磨石には、花形のダイヤモンドやルビーにはない美しさがある。奇抜なコーティングだって、第一線ではないからこその自由さの証。
わたしはこのnoteの最初に過小評価だなんて書いた。アスナロもトパーズも。だけど、それは評価が過小にみえてもそれだけさらに評価される希望があるということじゃないか。
心のどこかに引っかかっていたアスナロをひきあいにしつつ、トパーズについて書いた。なんだかポジティブな気分になれた。誕生石は、身につけるだけでなく、こうして文章にしても良いものなのかもしれない。