Bリーグの数字の話①チーム人件費
せっかくプロスポーツクラブに席を置き、かつバックオフィスを担当していますので、数字の話をしたいと思います。
ただ、いちクラブの詳細をお話するわけには当然いきませんので、世の中に既に開示されている数字で読み解ける範囲に限定し、プロスポーツクラブの経営的な傾向をお伝えすることで、もっとスポーツビジネスを身近に感じていただいたり、また興味を持っていただけたらと思っています。
前提としまして、以下の点にご留意ください。
①数字はあくまで"傾向値"です。点で見ても判断は難しく、他者との比較で判断する必要があります(普通の企業と一緒です)。
②Bリーグで開示されている財務情報は2018-19シーズンのものになりますので、現在(2019-20シーズン)のクラブの状況とは異なります。
開示されている数字
Bリーグでは毎シーズン、各クラブの財務情報を開示しています。
今回は上記のデータを活用したいと思います。(PDFデータしかないのでエクセルデータに転記しています)
また、Bリーグは"マンスリーレポート"で各クラブの入場者数やSNS数などを開示しています。
今回は2018-19シーズンが終了し、かつ年度末に近い2019年5月のマンスリーレポートを活用したいと思います。
上記データにチームの順位、勝利数を加えたデータが以下になります。
視認性を向上させるため、数値上位3クラブを青セルに、下位3クラブを赤セルにしています。これだけで経営的に良好なクラブ、成長過程のクラブ、などが見てわかります。
たくさん、ここから読み解けることはあるのですが、今回はチーム人件費にフォーカスして話を進めます。
チーム人件費にかかわる傾向値
私はチーム人件費にかかわる傾向値として、以下に着目しています。
①1勝あたりチーム人件費(チーム人件費÷勝利数)
1勝するためにいくらチーム人件費を投資したか?の指標です。チームのコストパフォーマンスを知ることができます。
②チーム人件費100万円あたり売上高(売上高÷チーム人件費÷100万円)
売上高に対するチーム(選手)の貢献度を測る指標として使っています。
③チーム人件費100万円あたり入場料収入(入場料収入÷チーム人件費÷100万円)
入場料収入に対するチーム(選手)の貢献度を測る指標として使っています。
④売上高・チーム人件費率(チーム人件費÷売上高 %)
クラブの収入のうち、どれくらいの割合をチーム人件費に割いたのか?の指標です。
今回は④売上高・チーム人件費率 についてより深く掘り下げたいと思います。
売上高・チーム人件費率 は何%が適正なのか?
2018-19シーズンの売上高・チーム人件費率の平均は39.5%でした。
2017-18シーズンの平均は35.6%でしたので対前年+3.9%です。
強いチームを作ろうと思えば当然コストがかかります。ただかけ過ぎると赤字になり、やがて債務超過になってしまいます。
では、何%が適正、と言えるのでしょうか?
結論としましては、現在は35~40%程度に設定するのが適正、と考えます。
現在は、という記載をしたのはリーグ規模によって適正値が変化するからです。
売上に対してチーム人件費を含む原価は比例的に伸長する、と考えられますが、販管費については事業スキーム上比較的緩やかに伸長しますので、その分チーム人件費に投資可能になります。結果、売上高・チーム人件費率は上昇する年々上昇傾向です。
事実、2017-18シーズンまでの適正値は30~35%と捉えていました。リーグ(クラブ)規模に合わせて適正値を更新していくことが何より重要です。
適正値を判断した理由は以下のとおりです。
判断理由①適正値を逸脱したクラブの状況
仮に適正値を上記に設定した場合、それを逸脱したクラブの状況はどうなのか?
まず下振れたクラブについては、リーグの戦いで苦戦しているクラブが多いです。『戦力を整えるだけの投資ができなかった』と判断できます。
また逆に上振れたクラブについては、赤字に転じているクラブが多いです。『投資に見合うだけ稼げなかった』と判断できます。
ある程度勝利していて、かつ黒字化できているクラブの売上高・チーム人件費率を適正値として仮定した、とも言えます。
判断理由②Jリーグの状況
BリーグにとってJリーグは先を走ってくれている良き先輩です。
デトロイトトーマツさんは上記のように毎シーズン財務情報を分析してくれています。ちなみに昨シーズンよりBリーグ版も発行してくれているので、今回私が書いたようなことを含めて分析してくれています。
2018-19シーズンのBリーグの平均売上高は約9億円です。
これはJ2の下位クラブと同規模程度となります。当該クラブの売上高・チーム人件費率が35%前後、となっています。
判断理由③他クラブ関係者のアドバイス
私は物事を判断するときに『違う立場の3人から話を聞く』と良い判断ができる、と経験則的に考えています。
プロスポーツクラブに関わるようになり、チーム人件費をどの程度に設定すべきか思案していたとき、他クラブの社長さんやBリーグの方、などとこの話をする機会がありました。
その際『概ね30%』というワードを聞き、やっぱり方向性はあっている、と感じました。
売上高・チーム人件費率を適正値に着地させる難しさ
売上高・チーム人件費率を適正値に着地させるためには、
売上高が決まる →売上高の35~40%をチーム人件費に設定
というプロセスが正しいです。
逆に強いチームを作りたいからチーム人件費に投資し、売上は後からついてくるだろう、というやりかたが経営的に苦しくなるクラブのパターンです。
(過去のレバンガ北海道がこうだった、と折茂社長がインタビューにこたえています)
ただ、この"正しいプロセス"にするのが結構大変です。
選手との契約はBリーグのレギュレーションに従い、複数年契約選手を除き6月末に終了しますので、7月から新しい契約で新チームがスタートする、のが一般的です。その段階で契約合意していますので、選手の固定年俸は確定しています。勝利給などの歩合報酬、シーズン途中の選手入替について、ある程度シミュレーションできれば、シーズンで必要なチーム人件費はシーズン前にほぼ確定してしまいます。
一方、売上高は多くはスポンサー収入と入場料収入で構成されていますが、両事業ともシーズンごとに売上が変化する事業形態なので、今シーズンどれだけ稼げるか、は正直わからない状態でスタートします。
『精度の高い売上計画』『計画をコミットしてやりきる力』を前提に、予算内にチーム人件費をコントロールし、勝てるチームを作る。
売上高・チーム人件費率を適正値に着地させるためには、これが必要です。
ここがプロスポーツクラブの難しいところであり、また醍醐味なのかなと思います。
プロスポーツクラブである以上、勝ちたいのは皆同じ。ただ勝ちたいだけで過剰投資していたら、選手やスタッフの生活を守れない、ビジネスが成り立たない状態になってしまいます。
逆に勝つためには、チームだけが努力しても勝てない、私のようなバックオフィスを含めスタッフ一丸となってクラブを良くしていかないと勝てない、そう思います。