人を駄目にする靴と人が奴隷になる靴の話
ぼくは靴が好きだ。
中でも、革靴が好きだ。
最近では仕事にかまけて(本格的な)靴磨きをしていなかったが、かつては毎週1時間以上かけて1週間分の靴をせこせこ磨いていた。
そんなぼくは、人を駄目にする靴が好きみたいだ。
彼らからしたら自分が履き主を駄目にするだなんて微塵にも思っていないので、とんだとばっちりもいいとこだろう。
学生時代にClarksのデザートトレックに出会い、かれこれ10年目。2度のオールソールを経て、未だに現役。当時は為替の関係で10,000円くらいで新品が変えたのだが、値段をみてびっくり。
https://www.clarks.co.jp/commodity/SCKS0472G/CL915BM13990/
彼の駄目なところは、天候と着脱シーンを選ばなさすぎるため、思考が停止してしまう。特にスエードのデザートトレックに加え、1サイズほど大きめを買ってしまった点が決め手である。
にも関わらずまだひと押しあり、クレープソールからダイナイトソールに変えてしまったことである。
もう、最強。防水スプレーと簡単なブラッシングで生存でき、靴脱ぐ時は手を使わず、履くときだって手を使わない。レイジーマンに別モデルがあるのであれば、ぼくのデザートトレックを推したい。
そんな彼と日々を過ごす中、そろそろ大人の靴を一足持ちたいと思い始めた。そして、昨年出会った。
パラブーツのシャンボードである。
知っている方はご存知なはずだが、彼こそ、人を駄目にする靴の本命と推しても過言ではないはず。JMウェストンのゴルフもその一つの本命に挙げられると思うが、シャンボードがそれの半値近い価格で入手できることを考えれば、万人に勧められる人駄目靴は、シャンボードだと思う。
彼との出張は、それはもう楽の一言である。
スーツのセットアップにはちょいと悩ましいのではあるが、そもそも出張にセットアップで行くことはほぼない。
ジャケットやブレザーならこれ。私服にもこれ。
何より、悪天候こそ本領発揮というリスレザーの防水性と極厚ラバーソールが心強い。雨でも出なきゃならない大事な時は、これ以外の選択肢がない。デザートトレックでは不格好なときだってあるほど、仕事を頑張ってきたのだと思う。
1年履いて、「靴を選ぶ」という選択肢を思考からなくさせるほど、それは人を駄目にする靴なのだと実感した。
巡り巡って、デザートトレックと変わらないどころか、デザートトレックで行けない若干のフォーマルな場に行けるくらいの選択肢をもらったくらいで、結局は、やっぱり人を駄目にするのである。もはやこれは履き主の思考が駄目なのかと疑うが、そこは今回のテーマでは扱わない。
そんな人駄目靴と不思議な縁があるぼくが、この度一目惚れで靴を買ってしまった。もともと憧れていた靴ではあるが、改めて、衝動買いにも近い買い方をしてしまった。
オールデン1340である。写真はプレメンテが終わって、これから履き出す準備が整った状態だ。清水の舞台があるとしたら、それは名古屋とネット上にあるのだと思う。誰も清水の舞台は一つだと証明した人はいない。
在庫不足、コードバンの希少性など色々とあるが、やっぱり一番の決め手は、一目惚れである。
ぼくが好きな小説である天切り松 闇がたりには、振り袖おこんというその美貌だけでなく仕草や雰囲気、気品で銀座の目抜き通りを行く人を振り向かせる女スリがいるが、まさに、そのオーラである。
人ではない、靴にそれを感じた。
買った理由はそれ以上でもそれ以下でもないが、手に持つとコードバンの香りがし、それは遠い昔に毎日嗅いでいたランドセルの香りでもある。齢30を越え、清水の舞台から飛び降りてランドセルの香りを買うとは思いもしなかった。
この靴に関しては、彼ではなく、彼女であると思う。
コードバンとレザーソールの特性上、少しでも雨の心配がある日は履けない。履き出しは硬いし、14万円もする靴とは思えないほど作りが雑な部分はあるし、箱もボロボロである。シャンボードのがそれはもう立派である。彼の靴箱は、領収書入れとして活躍している。
彼女を一言で言うと、わがままなのである。
彼女を中心に考えなければならない、自己中心的と言うか、女王様、姫様のたぐいである。女神と言い換えても過言ではない。
わがままで苦手なものが多いにも関わらず、そのコードバンの輝きには得も言われぬ心を掴んで離さない魅力があり、惚れてしまったら負けであり、そこに断りの言葉は存在しない。
まさに、一点突破の駄女神であるが、人は彼女の奴隷でもある。
ただ、今までのぼくでは到達できなかった世界でもあり、人これを一流と呼ぶならば、このじゃじゃ馬娘を飼いならした時には、見えなかった世界が見えているかもしれない。コードバンだけに、じゃじゃ馬。
長々と書いてしまったが、ぼくは人を駄目にする靴に縁があったのだが、今度は靴によってぼくが駄目になりそうな場面に来た時、ぼくは駄目にならずに靴を従えることができるのか。道具を越えられる人になるのか。
どこの教科書、お偉方の説法にも語られないような、実学を通して自分なりの正解を見つけようと思う。
20年、30年、この駄女神をじっくりと育てていこう。
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