上田さんのツッコミに泣く夜 (想い出の山梨暮らし Week 1)
2021年4月から始まった山梨ひとり暮らしの当時の記録。今回は幕が開けた第1週目のお話。
プロローグはこちら↓
山梨での新生活が始まり、1週間が経った。
職場には自分だけのデスクがあり、自分だけのパソコンがある。
今までアルバイトをしながら音楽活動やらなにやらをしていた僕は、なんと言うか、こういうちゃんとした「社会」で働くのは初めてのことだった。
ワイシャツに袖を通し、パソコンをカチカチしている自分の姿を俯瞰して、少しだけ気持ちが騒めいた。
冷静になって考えてみれば、まるで想像もしていなかった生活をしておる……
この1週間を振り返って、今はまだまだ「わからないことが多い」というレベルではなく「わかることがひとつもない」地点にいるままだ。
当然、お仕事にも全く慣れてない上に、全く馴染みのない地で迎える初めてのひとり暮らしのペースも掴めていない。
新生活が始まって、たった3日目あたりで早くも限界を感じてしまった。「いや、さすがに早いだろ」と自分の弱さに少しだけガッカリした。
「やっぱり田舎は2泊3日がちょうどいいのよ……」
晩ご飯を作りながらそう呟いてみても、もちろん誰からも返事がない。
これが、ひとり暮らしか。
僕は、これからこの地で何週間も何ヶ月も暮らしていくことに対して、途方に暮れてしまったのだ。
自分で作った晩ご飯を食べながらクイズ番組を観たが、クイズ番組というのはひとりで観ていても全然楽しくなかった。
クイズ番組が好きなんじゃなくて、正解VTRに先回りして、自信満々で家族に解説するのが好きだったことに気づいた。
せめてもの楽しみとして視聴者参加型のクイズはもれなく挑戦した。
そういえば、自分の意思で初めてリモコンのdボタンなるものを押した。
ひとり暮らしの寂しさは、僕にエッセイを書かせるし、dボタンを押させる。
楽しみといえば、家事だ。家事がすごく楽しい。
炊事や洗濯、掃除が苦に思う人じゃなくて本当によかった。
「そんなのは最初のうちだけだよ」
という低い声が頭の中の奥底から聞こえた気がする。うるさい。
音楽を聴きながら朝ご飯とお弁当の準備したり洗濯機を回したり、好きなラジオ番組を聴きながら晩ご飯を作ったり、お皿洗いをしたり。
寝る前には、チャチャっと軽くお掃除をした。
毎日3食自分で作ったご飯を、同じ時間にちゃんと食べていて、整った部屋で過ごす。とても健康的な暮らしを手に入れているなと思った。
こいつは痩せるぞ。
でも水曜日に作った卵焼きは、なかなか味が決まらず、塩分過多により、健康を害する味がした。
インターネット環境が整うのは連休明けのため、友達との電話も我慢、無為なYouTubeサーフィンも我慢、いつもHuluで観ている「太田上田」も我慢している。
僕にとってこの「太田上田」を我慢するのが一番つらくて、くりぃむしちゅーの上田さんが司会をしているクイズ番組を観ていた時に、寂しさに襲われた。
上田さんのツッコミが決まるたびに、僕は「うぅ……」とじんわり涙が溢れた。とんだ情緒不安定野郎である。
このクイズ番組を観ていたのも、しょっぱすぎて、むしろ辛い卵焼きを食べていた水曜日だった。
仕事に慣れていかなきゃいけないのと、全く新しいこの生活リズムに慣れていかなきゃいけないのと、そのふたつでパンクしかけた1週間だった。
ゆっくりゆっくり、時間をかけて慣れてこう。
「ああ、もう全然慣れましたわ」と言えるとき、世の中はもう8月くらいになっているかもしれない。東京オリンピックも終わっているかもしれない。とか言っておきながら、それも自信はあまりない。
東京と違って、空気はこれでもかと澄み渡っているし、街のどこへいても富士山が大きく、そしてくっきりと見える。
職場の人は、優しくてのんびりとしていて、突然やって来た僕を温かく歓迎してくれているように思える。
きっとこの環境は、贅沢すぎるほどに、とても良い。
ただただ僕がまだ慣れていなすぎるだけだ。
束の間の土日が終われば、すぐに2週目が始まる。
朝ドラなんかでは、2週目あたりで今後の展開にとって重要な出会いがあったりする。
さて、どうなることやら。
(2021年4月25日)