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食レポ|醤丸

 時を刻むように、冬晴れの中を家族で歩いた。ゆっくりと、しっかりと。目黒通り。そして、駒沢通りへ。穏やかな海面のように、外気に浮き立った様子はない。

 祐天寺の社殿の先には橙の陽光が輝く。その光を受け、僕は「醤丸」の扉を開ける。L字のカウンターには数名の客がいた。それぞれに遅い昼食を楽しむ、静かな活気が見て取れる。辺りを見回し、店内の空気に身を馴染ませる。僕は「醤油ラーメン」を注文した。「めし」はなく、大盛りへと切り替える。

 頭上から供される藍色の丼。ファーストコンタクト。喜びの瞬間。大ぶりなチャーシューが眼に飛び込んでくる。スープには大海のように縮れ麺が広がる。眼の前にある至福。

 レンゲでスープをすくった。あっさり。澄んだ印象の家系ラーメンだ。生姜、ニンニク、唐辛子。丼の縁でスプーンが音を立て、調味料が順に落とされていく。仕上げは酢とコショウだ。この一杯を高みへと引き上げる。

 澄んだ印象は最後まで変わらなかった。麺とスープを無心に身体が吸収する。そして、このチャーシューは香り高く、軌跡を記憶に残した。

 祐天寺の前には子どもたちがいた。僕と入れ替わるように、妻が「醤丸」へと入る。「ブルーボトルコーヒー」の「アメリカーノ」を口にしながら、祐天寺の境内を駆け回る我が子を眺める。

 過去の自分が身体に乗り移ったような気がした。コーヒーの苦味は過去と現在の間に横たわる距離に輪郭を与えた。十五時の光を浴びながら、そんな思いが込み上げる。


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