食レポ|辛麺屋 一輪 目黒店
権之助坂の頂で足を止めた。分岐は急に訪れる。上空を見つめ、丼に盛られた一杯が頭に浮かぶ。ギアが噛み合うように、思考と欲は合致した。横断歩道を渡って坂を下る。
「辛麺屋 一輪」は誰も気づかないような薄さで、僕の意識に貼りついていた。食欲のメモ書きが僕の内にあるとすれば、それは新たにできた殴り書きの一つである。店外の食券機で左上にある「辛麺」のボタンを押した。外角のストレート。初めて訪れた店の様子を察知し、対峙したい王道がそこにある。
白を配した、木目調の店内。こじんまりとした空間は流行りのカフェを連想させる。スツールを引き、荷物をカウンターの下に詰めた。店員から辛さを問われた。僕は「普通」と答える。しかし、それは存在しなかった。そこにあるのは、五段階の数値のみ。お勧めを訊くと、眼鏡をかけた男性店員は困惑の表情を浮かべた。
「好みは僕にとっての好みであって、あなたにとって、それが必ずしも正解ではない」
真摯な回答に好感を抱いた。僕は中間の“3”を彼に伝え、麺は左端にあったこんにゃく麺を選ぶ。霧を吹きかけるみたいに、意識を周囲に分散させた。料理が差し出されるまでの何気ない一拍。意識に脈動があるとすれば、それは必要な平穏を僕に運んでくれる。
「辛麺」が僕の前に運ばれる。鮮やかな朱色が眼に飛び込む。韓国料理のクッパと麺の融合。口にする前から、僕はそんな想定を体内に組んでいた。間違ってはいない。しかし、スープの奥底にまろやかさと甘さを伴った味わいがある。「隠し部屋」のようだと僕は思った。その部屋への扉を見つけ、僕の中で満足感が広がる。
縮れたこんにゃく麺は僕の予想を裏切る。そこには滑らかな細さと適度な弾力があり、絹のような玉子と連動して臓腑を満たしていく。レンゲをスープにくぐらせれば、何片ものニンニクをすくう。柔らかく、香ばしい風味を楽しんだ。
無料でついてきたライスにスープを万遍なくかけた。白がピンクに染まる。そして、麺では埋めることができなかった、食欲の下流にライスが流れ込んでいく。この辛味は良質な手触りを僕に思い起こさせた。
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