アナザースカイ
アナザースカイを録画しておいて疲れたときにたまにみるのだが、見終わると私のアナザースカイはどこだろうか、とよくぼんやりと考える。
今答えるのだったら、たぶん大学時代を過ごしたあの街だろうな、と思う。
それはとある城下町で、私の生まれたところにも小さなお城があったが、それよりはるかにはるかに大きな城下町で、大学はお城の近くにあった。
研究室や家で悶々としたり鬱々としたり哲学的なことを考え出してどうしようもなかったとき、よく真夜中や明け方に、ふらふらと城跡に行った。
城跡は街より高いところにあり、観光スポットなので昼間は観光客がいるのだが、夜間はひと気はなく、ただっぴろく、静かで、落ち着く場所だった。
石垣の階段の前に原付を停め、薄暗い階段を上って、本丸跡に到着。そこが私にとっての「哲学の道」。
虫が寄る自販機で飲み物を買い、空が見える開けた場所で寝ころんで星を見たり、しずかな朝もやの市街地を眺めたりしながら、悲しんだり、考え事をして、何かを語ろうとし、またぼーっとして、そうしているうちにだんだんなんだか諦めがついてきて、帰ろうかと思え、ジョギングする人とすれ違いながらほとんど無のままに帰り、朝、眠りにつく。
そういうための場所だった。
城跡にはロマンチックな夜景とか歴史上の人物の像とか有名な詩碑とか、そういうのもあるにはあるのだが、それらを見る目的でのぼったことはない。
もやもやした世界から離れて気を落ち着かせる場所。
信仰のある人は、きっと神社や教会なんかがそういう役目の場所なんだろう。あの頃の私に、お城があってよかった。(正直、今もそういう場所が欲しいのだが、今のところでは見つけられていない。)
だから、たぶん私版のアナザースカイでは、城跡に行き、横になって空を見上げるシーンを絶対入れる。これは外せない。
あとよく眺めた風景は、研究室の窓から見える少し遠くのメタセコイアの並木。
はじめは名前を知らなかったが、人にメタセコイアという名前を教えてもらって、すぐに詩を書いたように記憶している。口に転がしてみたくなる名前だったし、自然と真っ直ぐに伸び成長が早く美しい円錐形の樹形になるときいて、なんだか感動してしまった。目線にちょうど三角が並ぶあの景色が好きだった。
研究室からの眺め、特に夕焼けのなかのメタセコイアは、個人的にちょっと撮りたいワンカットだ。採用。ついでに詩を朗読したり。
研究室といえば、院生は24時間自由に出入りできた。住んでいる人もいると言われていた。
私は修論の頃、バイトのない日はたいてい夕方から夜中にかけて研究室に出没し、ときどき朝までいた。真夜中の研究室は誰もいないので資料や工具書を好きなだけ開いて並べて唸ることができた。
もともと私は枝道があればそこに思考がずんずん行ってしまうタイプで、たとえば迷路では分岐一つ一つを行き止まりまで行って引き返しながら地図を描くような感じで全体を考えていくタイプであるから、それはそれは研究が進まないのだが、ただ一人でじーっと資料を眺めて唸る時間も、たぶん私にはたしかに必要だった。
今日は夜籠ろうと思ったときは、夕方に大学近くの激安お弁当屋さんで唐揚げ弁当を買ってくる。唐揚げ弁当は、発泡スチロールのケースが2段セットになって一食であって、一方はご飯、もう一方は唐揚げで、唐揚げの蓋は閉まらないから輪ゴムでくくってある。これがあると、夕食・夜食・朝食(活動時間的には通常昼間時間における朝食・昼食・夕食と同じ)として、少しお腹が空いたら食べるというのを繰り返して、三食分をまかなえた。
研究に飽きたら外に出て、講義棟の下にある自販機でよくあったかい缶のミルクティーを買った。リポDなんかも自己暗示のために飲んだりした。全然進んでいないくせに、椅子で横になってみたり、詩を書いたり、ただ空想に耽ったりして。そんな夜を過ごしていた。
今だったら家に帰るし夜中には絶対眠くてやれないなと思うが、当時は平気で、むしろ夜の独特の静けさと、パソコンのブンブン鳴る音と、世界に自分だけが存在する感じが、好きだった。
だからそれらを再現するように、ふらっと唐揚げ弁当を買って、講義棟の下でミルクティーを買うだろう。
そしてきっと、「懐かしい」なんてつぶやくのだ。
でも、たぶんそのとき笑顔ではないと思う。
当時は当時で思い悩んで辛かったし、劣等生だという気持ちも強くて、とても自分を信じることができなかった。
「懐かしい」は、楽しく言うもんじゃない気がする。
「懐かしい」という感情は、「自分はもう確実にそこにいない」という自覚があって初めて思える感情だと思うのだ。
とっくに一度離れて忘れている断絶と決別があるからこそ、「懐かしい」なんて思えるんじゃないか。
だとしたら、「懐かしい」は、ほんとうは寂しいこと。寂しいことだ。
いまあの時のような気持ちや態度で生きることができていないことを、悲しむべきなんだ。
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いま論文を書いている、もしかしたらつらく苦しい思いをしている誰か。
今見ている景色が、きっとあなたのアナザースカイになる。
そしてそれを懐かしく寂しく思うときが来る。
そういう日が、きっと来る。
変な予言だけれど、それがいいことではないかもしれないけれど、頑張ってほしい。
あと少し、あと少し。