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モノローグ『久保さんの人生が変わった日〜ジャポネスク・バージョン〜』

モノローグ集『穴』収録作品『久保さんの人生が変わった日』の台本を、酒井孝祥さんがアレンジしたジャポネスク・バージョンです。
・下の方に印刷用PDFファイルがあります。
・公演・ワークショップのテキスト・YouTube動画など、ご自由にお使いください。許可申請・上演料・使用料は不要です。
・その際、作のクレジットを明記してください。
・可能であればモノローグ集『穴』のURLをご紹介頂ければ幸いです。
www.amazon.co.jp/dp/4846017575

『久保さんの人生が変わった日〜ジャポネスク・バージョン〜』
作:渋谷悠 ジャポネスクアレンジ:酒井孝祥

申す申す、佐伯でござります。
あ、うむ…ああ。しかし…ああ。あいや、身共は誠に…ああ。
しかしマンションと申してもそう易々とは…ああ。
しかし誠にその様な金子持ち合わせておらず、たとえあったとしても別のことに…ああ。
もうし、身共の番号は何かに登録されているのであろうか? あいやここのところ凄いものである。毎日どころか多き日は2度も3度も、切りても切りてもかかってまいるしまるで“あやかし”か何かを成敗して…ああ。

(間)管理会社が入ってくださることも存じておる。それ故思うほどに大事ござるぬというくだりであるな? 身共はこういうのが苦手なもので、ひとまずは聞いてしまうもので、さすればまあ、いつ呼吸しているのか分からぬくらい喋りおろうな主達。詳しくなってまいった。これだけしつこいと怒りを通り越して最早悟りの境地にてそうろう。

(間)あいすまぬいずれの者でござったか? 久保殿? 久保殿の名前は? 孝之殿。 では久保孝之殿、電話番号を教えて下さらぬか?
否、会社ではなく主の。
…そうであるな、何故かと思うであろうな。見知らぬ者からいきなり電話が来たら嫌であるな。これがそれである。

(間)うむ、だからその様にして、まくし立てれば売れるものであろうか? 互いに心を交わそうという思いつきには至らぬものか? 身共はいつでもガチャリと出来るところをきちんと説き伏せようとしているであろう?
主も身共と向き合うことを所望する。ひとまずゆるりと話して下さらぬか。
次はそう、少子化と言えど都におけるマンションの需要は増えているというくだりに持ち込むところであろう。やってみせよ。

(間)…修行が足りぬ。あいすまぬが、響いてこん。
ああ、久保殿であったか? 久保殿ひょっとしてまだ筋書きを見ながらやっておるのか?…やはりのう、道理である。
あいすまぬが、響いてこん。

今主の声から聞こえてくるのは「どうせ駄目であろう」という諦めと「いつ切られるか分からぬ」という恐れ。どう思うか? 諦めと恐れを抱えながら売れると思うであろうか、マンション?
しっかりするでござる、主より腕の立つ者ここ数日のみであと3人は思い浮かびそうろう。彼奴らは、話を小出しにしつつ、こちらの心を引き留めるために問いかけを混ぜてくるのである。ここでやってみよ。

(間)久保殿、久保殿、主が売ろうとしているものは、何であるか?
はは、否。マンションではござらぬ。
主が売ろうとしているのは夢とか、より良き未来とか、そのように姿のない物である。人間、食べるものがあり寝るところに苦心せねば、そういうことにお金を使わんとする生き物である。これは、主の仕事の心得である。
恐らく、久保殿は今、売ろうとしている物に自信がないのであろう、あいすまぬが。
…ほう、初めて黙りおったな。

久保殿、主は負けるために生を受けたのではござらぬ。
身共と一緒に申してみよ。私は負けるために生を受けたのではござりませぬ。
よいか? 一の二の三、私は負けるために生を受けたのではござりませぬ。
そうである! いま一度、共にまいろう。
私は負けるために生を受けたのではござりませぬ。そうである!
主はこれから、受話器を取る前に必ず、そう己に言い聞かせて、電話をかけるがよかろう。のう?
では、今日はこのくらいにしてまいろうか?
久保殿、稽古をつけたければ、またいつでもお電話くだされ。

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(『久保さんの人生が変わった日』のオリジナルバージョンも収録されています)

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