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モノローグ台本『全てそのままでよし』


『全てそのままでよし』本文

作:渋谷悠  原案:未路不根子

とにかく喋らない人だったんですよ、父は。
別に厳しくはなかったけど、逆に励まされることなんかも一度もなくて。踏み込んでくるような言葉とか、一度もくれなくて。
 
考古学やってたんですよ、父は。
昔の遺跡とか、集落?みたいなところを掘り起こして、石っころヒントに当時の生活を想像するような仕事でしょ?だから興味がね、目の前の家族とか、今生きてる人間にあんまし向かなかったんじゃないですかね。
父が危篤で、意識がない状態から立ち会ったんですけど、言葉をもらうことはついにありませんでした。
 
勿論ね、全く喋らないんじゃなくて、お風呂で歌ったりとかね、してました。お風呂で軍歌を歌うんですよ。(歌って)「貴様と俺とは同期の桜~」
また母が嫌がってね。「みっともない、近所に聞こえるよ」って。
父は終戦の時に中学1年生で、教科書を墨で塗り潰したそうです。国家主義とか、戦意を鼓舞するような言葉を自分たちの手で真っ黒にして、全部なかったことにされて…。
考古学に進んだのは、そういう過去も関係あるんですかね。歴史は嘘をつくけど、ものは嘘をつかない、みたいな。
 
父の体を大学病院に献体するって時に、最後のお別れで顔を見たんです。
そしたらね、そしたら、顔がもう本当喜ばしいっていうか、いわゆる、すっごいニコニコだったの。
人が亡くなる時って顔が変わるじゃないですか。私、医療関係者だから人の死に立ち会うことは多いのに、ここまで変わるのは初めて見ました。
みんなで「不思議だねぇ」とか「おばあちゃんの顔に似てるねぇ」とか言って、不思議が終わらないんですよ。
 
なんていうか、能面で言ったら笑い翁。口角が上がってる感じ。笑顔なんだけど、子供時代に見せてくれた笑顔。
私がちっちゃい時は、父の膝を滑り台にして遊ぶとかしてて、そういう時は喜んで笑ってたわけですよ、父は。でっかい人だったんで、あぐらかいて、すぽってはまり込んで座るんですよね、私が。あの頃の手放しで笑ってる感じ。
 
父の死に顔を見て思い出したんです。
ああそうだ、父はこんなふうに顔を…ほころばせていたなって。
その顔は「全てそのままでよし」って言ってくれていました。
初めてです、父がそんなこと言うの。
不思議ですよね。死んでから、人はものを言うんですね。

使用許可について

・公演、ワークショップのテキスト、演技動画をYouTubeにアップするなど、ご自由にお使いください。上演許可・使用料は不要です。
・その際、作:渋谷悠のクレジットを明記してください。
・あわせてモノローグ集穴、モノローグ集ハザマのURLをご紹介頂ければ幸いです。
https://www.amazon.co.jp/dp/4846017575
https://www.amazon.co.jp/dp/4846021947

渋谷悠 脚本・監督!『美晴に傘を』1月24日(金)から恵比寿ガーデンシネマほか全国公開!

モノローグの第一人者、渋谷悠が脚本・監督を務めた映画が公開されます。ラストシーンは、3つのモノローグが絡み合う、映画史に残る言葉の交響曲となっています。

伝えられなかった想いはありませんか?
北の自然を背景に、喧嘩別れのまま息子を亡くした漁師、夫の遺言を守る妻、聴覚過敏の娘が織りなす家族再生の物語。
笑い、涙し、少し考える・・・そして観た後には、大切な人に想いを伝えたくなるような作品です。

キャスト
升 毅 田中美里 日髙麻鈴
和田聰宏 宮本凜音 上原剛史 井上薫 阿南健治
織田あいか 菅沼岳 和田ひろこ 徳岡温朗

スタッフ
脚本・監督: 渋谷 悠
プロデューサー: 大川祥吾 渋谷真樹子
撮影監督・共同プロデューサー: 早坂 伸(JSC)
編集: 小堀由起子/音響効果: 吉方淳二/音楽: 土井あかね

↓公式サイト、上映館情報、チケット情報などはこちら↓

劇作家・映画監督:渋谷悠とは?

1979年、東京都生まれ。日英バイリンガルの劇作家、脚本家、映画監督。アメリカ・インディアナ州パーデュー大学院にて創作文学の修士号を取得。

日米共同制作の短編映画『自転車』(脚本・プロデュース)が第66回ベネチア国際映画祭を含む世界23の映画祭で入選・受賞。2018年公開の日米合作映画『千里眼(CICADA)』(脚本・プロデュース)はロサンゼルスアジア太平洋映画祭やグアム国際映画祭でグランプリを受賞。『パラリンピック・ドキュメンタリーシリーズ WHO I AM シーズン2(ベアトリーチェ・ヴィオ)』(構成)が第46回国際エミー賞にノミネート。2020年、長編オリジナル脚本『ノアの魔法』でNHKサンダンス・インスティテュートフェローに選ばれる。スクリプトドクターとしても活動し、映画『猿楽町で会いましょう』『死体の人』等で共同脚本を務める。

劇団牧羊犬主宰。舞台『底なし子の大冒険』や『狼少年タチバナ』の映像が国内外の映画祭に入選・受賞。​舞台『夜の初めの数分間~画子とひまわりの場合~』は佐藤佐吉賞2023最優秀脚本賞を受賞し、第30回日本劇作家協会新人戯曲賞最終候補作に選ばれる。

著書に、日本初のモノローグ集『穴』、 55本の一人芝居を収録したモノローグ集『ハザマ』、二大人気戯曲を収録した『底なし子の大冒険/狼少年タチバナ』(以上、全て論創社)。

脚本・映像・演技の講師も務める。現在、アクティングスクールのtori studioにて、英語演技クラスを担当。
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2024年、JETRO(日本貿易機構)が主宰する現地派遣型監督育成プログラムBeyond JAPANに選手される。

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