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モノローグ台本『ハザマ』

『ハザマ』本文

作:渋谷悠

狭間から顔を出した。
私はついに、狭間から顔を出した。
それなりに頑張って、それなりに時間が掛かったが、なんとか顔を出した。

するとそこは荒野だった。
荒野には水や食料を求めて彷徨う人々がいた。
石ころや枯れ木を集め、何かを型取り、それを拝む人々がいた。
「あっちに行こう」「いやこっちに行こう」と言い合い、
同じところをグルグル回っている人々がいた。

しばらくすると雨が降った。すると多くの者が踊り出した。
彼らの踊りには、何の法則性も見当たらなかったが、
その瞬間だけは、誰も彷徨ってはいなかった。

私は、狭間から顔を出したまま、踊りたくなった。
いっそ出ようと思ったその時、そこは戦場に変わった。

戦場はうるさかった。
砲撃と爆発。誰かの命令。誰かの断末魔。機関銃の絶え間ない旋律。
そして戦場は臭かった。
弾薬の匂い。砂埃の匂い。血や、汗や、死の匂い。

私はいつの間にか目をつぶっていた。
目をつぶっていても、戦場は十分見えるものだった。

何かの液体が私の額に飛んできた。
私は身を硬くした。
誰かの血、汗、唾、あるいは涙かも知れなかった。
額に付いた液体を触ろうとしたその時、辺りが静かになった。

あれほどうるさかった戦場が静かになると、自分がどこにいるのか分からなくなった。
自分がどこにいるのか分からなくなると、来た道を戻りたくなった。
そうだ、私は狭間から顔を出していたのだった。

もういい。分かった。もういい。帰ろう。もういい。

顔を引っ込めようとしたその時、声が聞こえてきた。
心細い夜の焚き火のように暖かい声だった。
逃れられない雪崩のように容赦ない声でもあった。
耳を傾けると、遠くの方に光が見えた。
その声は「恐れるな」と言った。

私の半分はその言葉を疑った。もう半分はその言葉を信じた。

狭間から顔を出していた私は、両腕を出してみた。
両腕の次は胴体を、そして最後に両足を出してみた。
耳を傾けると、どこかから赤ん坊の泣き声が聞こえる。
…そうか、これは私の産声か。
先はとても、とてもとても長そうだ。
私は、まだ力とは呼べない力を振り絞り、光に向かって手を伸ばす。
ああ、眩しい。

使用許可について

・公演、ワークショップのテキスト、演技動画をYouTubeにアップするなど、ご自由にお使いください。上演許可・使用料は不要です。
・その際、作:渋谷悠のクレジットを明記してください。
・あわせてモノローグ集ハザマのURLをご紹介頂ければ幸いです。
https://www.amazon.co.jp/dp/4846021947

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劇作家・映画監督:渋谷悠とは?

1979年生/東京都出身。バイリンガル。
劇作家・舞台演出家・映画監督。ナレーション、スクリプトドクター、脚本執筆指導や演技指導の講師としても活動する。
第66回ベネチア国際映画祭入選。第46回国際エミー賞ノミネート。2020年度NHKサンダンス・インスティテュートフェロー。
39本の一人芝居が収録された著書モノローグ集『穴』を軸にセミナーや生配信番組を主宰するなど、日本の演劇界・映画界にモノローグを広める活動にも従事している。

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