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モノローグ台本『魚』

『魚』本文

作:渋谷悠

(女、心療内科のようなところに来ているが、そうと分からなくても良い。)
かなり近いところをすーっと通っていくんです。
マンボウとかサメとか、あと名前の分からない魚も沢山いて、わりとみんな大きくて…。
手を伸ばせば届きそうなところを泳いでるんです。
泳いでるっていうか、浮いてるんです。
アロワナって言うんですか?淡水魚も混ざってて、あのウロコがおっきい魚。
だから思うじゃないですか、あれ?どうやって同じ水槽に入れてるんだろうって。
だから自然とこう両手で水槽を触るんです、ちょっと近づいて。
そうすると魚たちがわあって寄ってくるの。
寄ってきて、あたしに顔を向けたままなんです。
魚って正面から顔を見る機会ってそんなにありませんよね?
だから怖いんですけど、見ちゃうんです。
マンボウの真正面なんて別の生き物ですよ!
全然違うんですけど、なんかトーテムポール思い出すんです。
分かるかな?くわっと顔だけで勝負してる感じ。
ちょっと下からだと仁王様みたいな。
サメもかなりアップで、ジャギジャギの歯が奥の方まで見えて、なるほどこのままスッポリ食べられちゃうのもアリかな、ってね、あんなに鋭い物が綺麗に沢山並んでると、思ったりもして。
あと何種類かわーっと。興味津々な感じで。

で、いつもこの辺りでおかしいなって気付くんです。
あたしが魚を見に来てるんじゃなくて、魚があたしを見に来てるんです。
ガラスの中にいるのは、あたしなんです。
ですから、水族館なんかじゃなくて、あたしの方が見世物なんです。
それに気付いて、振り返ると、あたし目が覚めちゃうんです。
多分あたしはどんなところに入れられているのか、そのガラスの中に他に誰かいるのか知りたくて振り返るんですけど、本当、毎回その瞬間に、目の前が白くなって、目が覚めちゃうんです。
閉じ込められてるんじゃなくて、注目されたいんですかね?

あたしには、夫も子供もいます。
上の子はもうすぐ小学校に上がります。
これといった不満も無いですし、むしろ充実しています。
つい先日、家族でランドセルを買いに行ったんですよ。
色々あるんですね、選ぶ時のポイントみたいなのが。
目立ち過ぎる色はいじめられるかも知れないとか、1年生の時の好みで選んでも、4年生5年生ってなったら趣味が変わるかも知れないとか、人気のランドセルなんて去年の秋に売り切れちゃったんですって。
たかがランドセルに馬鹿馬鹿しい…。

最近、夢の続きについて考えるんです。
あたしが、例えば筒状のガラスケースの中に1人でいるのか、それとももっと広くて、水と食料のある、飼われているような環境なのか。例えば家族のような人間も一緒なのか。
夢の続きがね、現実なんじゃないかって…。
振り返って、目の前が白くなった先は、ここなのかなって…。
なんか、最近そう思うんです。
そう思うと、魚を買って、自分でさばいて、おろします。
出来るだけ薄く身を切って、刺身にするんです。
魚をおろせる主婦って減ってるんですってね?
主人も子供も喜ぶんですよ。
だからあたしは食べません。一口も食べないんです。

使用許可について

・公演、ワークショップのテキスト、YouTube動画など、ご自由にお使いください。許可申請・上演料・使用料は不要です。
・その際、作:渋谷悠のクレジットを明記してください。
・あわせてモノローグ集『穴』のURLをご紹介頂ければ幸いです。
https://www.amazon.co.jp/dp/4846017575

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日本の演劇界・映画界にモノローグを広めるというビジョンのもと、渋谷悠のモノローグを40本以上無料で公開しています。

劇作家・映画監督:渋谷悠とは?

1979年生/東京都出身。バイリンガル。
劇作家・舞台演出家・映画監督。ナレーション、スクリプトドクター、脚本執筆指導や演技指導の講師としても活動する。
第66回ベネチア国際映画祭入選。第46回国際エミー賞ノミネート。2020年度NHKサンダンス・インスティテュートフェロー。
39本の一人芝居が収録された著書モノローグ集『穴』を軸にセミナーや生配信番組を主宰するなど、日本の演劇界・映画界にモノローグを広める活動にも従事している。

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