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モノローグ台本『あるセクシー女優の告白』


『あるセクシー女優の告白』本文

作:渋谷悠  原案:須崎真緒、渋谷悠

それは、できる限り真剣に、そして私にとってリアルに行いました。
手始めに、両親のマネキンを用意しました。顔が彼らに瓜二つであることが重要なので、業者さんにお願いしました。露出している肌の部分は高品質シリコン、目や歯などは特殊樹脂でできていたそうです。
私の人生において、一番高い買い物でした。

もちろん、服にもこだわりました。
以前両親にプレゼントして、彼らが今でも着ている服と同じもの、もしくはできる限り似たものを着せるのです。しかしこれが思いの外難しい。一度両腕を外して、本体に服を着せてからでないと、上手くいきません。
生きた人間の体がいかに柔らかいか、思い知らされました。

このようにして、両親そっくりのマネキンと生活をしました。
彼らを食卓に座らせ、「お父さん行ってきます」「お母さんただいま」などと声をかけます。一方的に話すのではなく、彼らの反応をイメージして、その分の間を空けて返事をします。
夜は、リビングに敷いた布団に彼らを寝かせます。手足を伸ばし、パジャマに着替えさせてあげるのです。

ペットと違って反応はないですし、植物でもないので地味な成長すらありません。しかし、私は時間をかけて言わば自分に催眠術をかけたのでした。
彼らは正真正銘の、血肉をわけた両親なのだと。

両親は健在ですし、嫌いなわけではありません。感謝していますし、いつか恩返しもしたいくらいです。ただ、とても厳格なルールを重んじる人たちで、わかりやすいところで言えば、漫画やゲームは馬鹿になるから一切禁止、というような教育方針を振りかざしていました。
テレビを見ていて男女の、いわゆる私の仕事のようなシーンが始まると、両親のどちらかが黙って消します。チャンネルを変えれば済むことなのに消すのです。違うチャンネルでバラエティ番組でもやっていれば、ぎこちなさを吹き飛ばしてもらえたかもしれないのに、プチッと消してしまうので、急に静寂が訪れます。
私の、生唾を飲み込む音が響き渡ります。
そこにいてはいけないような気分にさせられるのです。
そういう人たちです。

だからでしょうか、彼らに隠れて何かをすることが快感になっていきました。
布団の中でこっそり漫画を読む。見つかって怒られるかもしれない恐怖は、内容を何倍にも面白くしてくれました。
ご飯代としてもらったお金を使わず、こっそり貯金するだけでも背徳感を覚えました。
たまにタバコも吸いましたが、成人してすぐにやめました。未成年で吸わなければ悪いことにはならないからです。
このようにして、私はより大きな背徳感を与えてくれるものを、できる限り求めるようになりました。

両親のマネキンと暮らしておよそ半年が経った頃、その日は訪れました。
何かにつまづいて、淹れたてのコーヒーを彼らに思いっきりかけてしまったのです。ぶちまけたと言っても過言ではありません。
その時咄嗟にこう言いました。「お父さん、お母さん、大丈夫!?」
二人に火傷はないか、心底心配したのです。
無事を訴える二人の声が聞こえなかったら救急車を呼んでいたでしょう。
気づけば目に涙が溜まっていました。
…ああ!ついにこの領域に辿り着いた。ようやく、決行できる。

その夜、私はお風呂に二人を沈めました。
大きな湯船ではないので、一人ずつ行いました。
人は、溺れ始めて意識を失うまでにおよそ3分かかるそうです。
人を湯船の底に押さえつけている3分は長く感じますが、何十年も酸素を吸ってきたというのに、ほんの数分吸えないだけで死んでしまうなんて、散々呼吸してきた甲斐がないとでも言いますか、考えようによってはナンセンスではありませんか?
私の中で、彼らが息を吹き返すことがないように、10分間押さえつけ続けました。私の震えで揺れる水が、彼らの顔に苦悶の表情を与えます。水の壁の向こうから込み上がる、くぐもった叫び声は今でも耳の奥にこびりついています。

ニュースやサスペンスドラマなどで、よく死体を山に埋めますが、実際にやってみるとあれは相当骨の折れる作業だとわかりました。
人が立ち入らないような山には、そもそも道がありません。死体を引きずりながらではろくに進めません。これを二往復です。二人を同じところに埋めてあげたかったので、道路から少し入ったところに決めました。山の、ほんの裾野です。深夜とは言え、見つからなかったのは運がよかった。

冷静に考えれば、私のやったことはただの不法投棄かもしれません。
しかし私の仕事は、親が生きているうちはできないのです。
このようにして、私の中で彼らに死んでもらう必要がありました。

撮影中、私はよく目をつぶります。
そこは、プチッと消されたテレビの中です。
私はその四角い闇の中で、あったはずの乱れた呼吸をして、どれだけ喘いでも溜めることができない空気を、吸っては吐いて、吸っては吐いて、いるのです。

使用許可について

・公演、ワークショップのテキスト、演技動画をYouTubeにアップするなど、ご自由にお使いください。上演許可・使用料は不要です。
・その際、作:渋谷悠のクレジットを明記してください。
・あわせてモノローグ集穴、モノローグ集ハザマのURLをご紹介頂ければ幸いです。
https://www.amazon.co.jp/dp/4846017575
https://www.amazon.co.jp/dp/4846021947

渋谷悠 脚本・監督!『美晴に傘を』1月24日(金)から恵比寿ガーデンシネマほか全国公開!

モノローグの第一人者、渋谷悠が脚本・監督を務めた映画が公開されます。ラストシーンは、3つのモノローグが絡み合う、映画史に残る言葉の交響曲となっています。

伝えられなかった想いはありませんか?
北の自然を背景に、喧嘩別れのまま息子を亡くした漁師、夫の遺言を守る妻、聴覚過敏の娘が織りなす家族再生の物語。
笑い、涙し、少し考える・・・そして観た後には、大切な人に想いを伝えたくなるような作品です。

キャスト
升 毅 田中美里 日髙麻鈴
和田聰宏 宮本凜音 上原剛史 井上薫 阿南健治
織田あいか 菅沼岳 和田ひろこ 徳岡温朗

スタッフ
脚本・監督: 渋谷 悠
プロデューサー: 大川祥吾 渋谷真樹子
撮影監督・共同プロデューサー: 早坂 伸(JSC)
編集: 小堀由起子/音響効果: 吉方淳二/音楽: 土井あかね

↓公式サイト、上映館情報、チケット情報などはこちら↓

劇作家・映画監督:渋谷悠とは?

1979年、東京都生まれ。日英バイリンガルの劇作家、脚本家、映画監督。アメリカ・インディアナ州パーデュー大学院にて創作文学の修士号を取得。

日米共同制作の短編映画『自転車』(脚本・プロデュース)が第66回ベネチア国際映画祭を含む世界23の映画祭で入選・受賞。2018年公開の日米合作映画『千里眼(CICADA)』(脚本・プロデュース)はロサンゼルスアジア太平洋映画祭やグアム国際映画祭でグランプリを受賞。『パラリンピック・ドキュメンタリーシリーズ WHO I AM シーズン2(ベアトリーチェ・ヴィオ)』(構成)が第46回国際エミー賞にノミネート。2020年、長編オリジナル脚本『ノアの魔法』でNHKサンダンス・インスティテュートフェローに選ばれる。スクリプトドクターとしても活動し、映画『猿楽町で会いましょう』『死体の人』等で共同脚本を務める。

劇団牧羊犬主宰。舞台『底なし子の大冒険』や『狼少年タチバナ』の映像が国内外の映画祭に入選・受賞。​舞台『夜の初めの数分間~画子とひまわりの場合~』は佐藤佐吉賞2023最優秀脚本賞を受賞し、第30回日本劇作家協会新人戯曲賞最終候補作に選ばれる。

著書に、日本初のモノローグ集『穴』、 55本の一人芝居を収録したモノローグ集『ハザマ』、二大人気戯曲を収録した『底なし子の大冒険/狼少年タチバナ』(以上、全て論創社)。

脚本・映像・演技の講師も務める。現在、アクティングスクールのtori studioにて、英語演技クラスを担当。
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2024年、JETRO(日本貿易機構)が主宰する現地派遣型監督育成プログラムBeyond JAPANに選手される。

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