モノローグ台本『小出ちゃんの嘘泣き』
『小出ちゃんの嘘泣き』本文
作:渋谷悠 原案:松井花音
(女、職場の後輩といる)
アインシュタインが言ってもいないのにアインシュタインの名言として広まってる言葉があるの、知ってる?
「狂気とは即ち、同じことを繰り返し行い、違う結果を期待すること」
どお小出ちゃん、今回のクライアント、あの畳屋さんにも当てはまらない?
伝統的な業界は「この素材を使ってるから耐久性に優れてるんです」とか「この畳はカビにくいんです」って機能勝負に陥りがちよね。縮小し続ける市場の中でユーザーを確保しようとするから、価格競争せざるを得なくなって、衰退の一途を辿る。そこでですよ小出ちゃん、どんなコンサルをすればいいと思う?
畳じゃなくて、その裏にあるストーリーを売る。
クオリティは大事、でもそれだけじゃ差別化しきれないし、選んでもらえない。生活者の心をくすぐるためには、老舗の畳屋さんだからこそ持っている武器を使う。それはストーリー。
畳の弾力性がどうとか、い草のリラックス効果を延々解説するんじゃなくて、この畳屋さん自体を好きになってもらう。縮小していく市場の中で畳を作り続ける姿勢、振り向いてもらえない状況下で挑戦する様子を発信して、この人を応援したい!というファンを作っていく。
…魔法みたい?小出ちゃんいつもそれ言ってくれるよね。
え?なんで小出ちゃんの人生コンサルしないといけないのよ。
人生の満足度って、その人の感じ方とか気の持ちようが大きいから、今不満な人は状況が変わっても基本的には不満なのよ。
(後輩、食い下がる)
何、本気なの?…本気なら、そうね、考えなくも、なくもない、よ?
今からネゴシエーションね。
小出ちゃんは、私のコンサルの対価として、何を提供してくれるの?
(後輩、意気揚々と答える)
ほう、ランチをご馳走してくれると。えーネゴシエーション、終了です。
なんで喜んでんのよ。断ってるの。
なんで驚いてんのよ。分かるでしょ。
なんで泣いてんのよ。感情忙しいな。
いつも「先輩のコンサルは魔法みたい」って言ってくれるじゃない。その魔法の対価がランチだとすると、安ければ1000円、高くてもせいぜい2000円よね。
そして、私があなたとランチを過ごしたいかどうか。
わずかな息抜きの時間を、あなたと過ごすことが対価の一部って、それ合ってるかな。
コンサルの価値がその程度だと間接的に言ってるし、あなたが自分に行う投資としても額がショボい。名前の通り。小さく出ると書いて、小出。
あなたは対価の提示をミスって、大して上がってもいなかった私のモチベーションを瞬殺した。
その嘘泣きそろそろやめよっか。
異性だったら引っかかる人もいるかな。でもそんな手が使えるのはあと3年、もって5年。そしてそんな手に頼ってるうちは、歳とって必要になってくるスキルが伸びないよ。
…ほうら、もう涙が引っ込んでる。
にしてもなぁ、リカバリーの打ち手が嘘泣きかぁ。きっとそれを繰り返してきたんだね。あなたにも、アインシュタインが言ってないアインシュタインの名言が当てはまりそう。
この際だから、1000円分のコンサルをしてあげる。
あなたは仕事ができない。持っている機能と言えば、雑な媚び売りと嘘泣き。だからあなたの市場価値、そうね、マッチングアプリで10人中6人は右スワイプしてくれそうな見てくれが衰える前に、嘘泣きに引っかかってくれる男を捕まえて結婚に持ち込んだ方がいいと思う。
あなたを売るより、畳を売る方がよっぽど簡単。
畳は安らぎを与えてくれるけど、あなたはねぇ…、
あ、今度は本当に泣いてる。
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