モノローグ台本『ニューヨークの似顔絵師』
『ニューヨークの似顔絵師』本文
作:渋谷悠
(似顔絵師が、道端で誰かの似顔絵を描いている)
お客さん、笑って!歯を見せて!
えー?そんな頼まれてすぐに面白いこと言えたらコメディアンになってもっとお金稼いでるよ。
そうね、長くなっちゃったねぇ。もうずいぶん前の話だけど、この街の舞台に立ちたくて…スーツケースに夢を詰め込んでってやつだよ。でもまあ世界中から同じこと考えてる人が集まるわけでしょう?ちっとも敵わなくて、でもすぐに帰るのが恥ずかしいから、小銭を稼ぐために始めたこれが、いつの間にか仕事になっちまったよ。
お客さん、ニューヨークは観光?気に入ったかい?
本当はね、移民が歯車んなって回してる街なんだけど、観光客にとっちゃここは歌と踊りとハッピーエンドの街だ。そのハッピーエンドを見るために、何時間も列に並んで、何百ドルも払う街だ。
お?いいスマイル持ってるじゃない。日本人にしちゃ珍しい。
じゃあ同じ日本人同士、サービスしてカッコ良く描いちゃおう。
(笑う)そりゃあもちろん、元からカッコいいさ。
…似顔絵ってのは、その呼び名と違ってね、似せるよりは特徴を大袈裟にするんだ。もしかしたらコンプレックスかもしれないことを、わざわざ強調する。ちょっと大きめの鼻はもっと大きくして、細い目なんかはただの線にしちゃう。神様になった気分だよ。
いやぁ、別に何かの宗教ってわけじゃないけど、いるんじゃないかな。
毎日人の顔を描いてるとそう思うようになるよ。髪の毛、輪郭、眉毛、目、鼻、口。顔なんてそんなもんだろ?なのにちゃんと一人ひとり違う。たったこれだけのパーツで、無限の個性を生み出せる存在がいる。無神論者はここで似顔絵を描くといい。1ヶ月も経たないうちに毎晩神様に祈るようになるさ。
ん?まあ毎晩ってわけじゃないけど、たまにやるよ。
そんな大したことじゃないよ。お客さんだって一度はやったことあるでしょ?
祈ってるとね、段々欲が出てくるもんでね、最近は天国に着いたら自分だけの美術館が欲しいって神様にお願いしてるよ。
この仕事は、描いた絵が手元に残らないからねぇ。もう何千枚描いたかなぁ。
世界中の男、女。世界中の大人、子供、老人。
たまにね、描き終わって、フィキサチーフを吹きかけてる間に、ああこれいいなぁ…って渡すのが惜しい時がある。あの気分がたまらないんだ。惜しいってのはつまり、いいもんが描けた証拠だろ?だからさ、死ぬまでに描いた似顔絵が全部飾ってある美術館、くださいよーって。
それはさ、セントラルパークよりデカいんだ。
全部大理石で出来てんだ。
似顔絵は一個一個、しっかりした額縁に入ってんだ。
似顔絵は…描いた順番に並んでんだ。
だからもしこの後すぐ死んじまったら、これが一番奥の部屋に飾ってあんだ。
そもそも天国に行けるんですかって(笑う)
行かせてくれよー、ダメかい?
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