モノローグ台本『作り話』
『作り話』本文
作:渋谷悠
(女、別れ話をしている。)
あのね。
あなたはいつもそうやって理由を欲しがるけど、理由なんて結局後付けなの。
だから例えあたしが流暢にそれっぽいこと2つ3つ並べたところで、あなたは納得いかないだろうし、あたしも説明しながらなんか違うなって思うわけね。
それって時間の無駄でしょう?気持ちの無駄遣いでしょ?
そういうところが嫌なの、ウンザリなの。
ね、ウンザリなんて言いたくないし言われたくないでしょ、あなたみたいなプライドの塊は特に。話せば話すほどあたし自分が醜くなってくみたいで嫌なのよ、ね、もう勘弁してお願い。
分からない?
口から出てくる言葉の方が心を汚すのよ。
誰かに愚痴を言ってもスッキリしないのはそーゆーこと。
しつこいなー。しつこい!
好きな人が出来たんじゃないってば。
むしろしばらく男はいい、ってか一生いらない。なんて言う女は信用出来ないってあなた言いそうだけど……でも今思ったでしょ?
確かにそんな女に限ってすぐ次の男拾ってくるけどさ、あたしの言う「いらない」は「男」がいらないんじゃなくて「あなた」がいらないの。
え、そこ笑うとこ?
なんかその余裕ムカつく。ムカつくわ。
だーかーら理由なんてないって。
あっても無くても同じだって。
あなたはね、納得したいんじゃなくて、反論したいのよ。
あたしが何か言ったら、それに対してこれはこうだからとか、こうとも考えられるとか、地味にあたしを馬鹿にして、いつの間にか迷路みたいなところに誘い込もうってんでしょ、もうその手には乗らない。
噓でもいいからって…はは、本当に?
じゃあ噓って分かって聞いて、それで納得してくれるの?
まあいいわよ、そのくらい付き合ってあげましょ。
もうね、愛情はなくても情はあるからね。
さてさて、どんな噓をついて差し上げましょう…。
一世一代の作り話だな、これ。
じゃあね、あの日覚えてるかな、モカが死んだ日。
いやだから犬よ。そりゃ飼ってないわよ。
噓をつけって言うからちゃんと噓をついてんでしょう?
犬を買うならモカって名前がいいって何度も言ったじゃない。
そう、飼ったこともない犬が死んだ日の話。
うん。あの日ね、わたしモカが死んでるの見つけて泣いてたじゃない。
前の晩もさ、もう立てなくなっててね、鼻をおでこにくっつけると、もらってきた日の匂いがするの。
でも死んじゃった途端に触るの怖くなって、でも触ったら、うん、触ってるうちに涙が止まってね、ああ、本当に死んじゃったんだって思ってね、そっからはもう庭に埋めなきゃって思ったの、子供たちが起きる前に。
そりゃいないよ!作り話だって言ってるでしょ。
え?必要かどうか分かんないけど…。
なんかいるの、なんか。そういう設定なの。
一瞬悩むのよ、勿論。モカが死んじゃったところをちゃんと見せるべきか、あるいは隠すのも親としてありなんじゃないか、とか、ね。
あなたには言わなかったけど、埋め終わる前に子供たちが起きてきたら見せよう、あたしそう思ったの。
あなたが庭で穴を掘ってくれてる時にそう決めたの。
窓越しにシャベルの音が聞こえてね。10分かそこらかな。
穴を掘り終えて、2人でモカを埋めて、でも最後まで見てられなかったじゃないあたし?
先に戻って、子供たちがまだ寝てるの見てホッとして、ソファでぼうっとしてたの。
そこにあなたが戻ってきて、あたし見ちゃったの。
あなたの顔。…そう。
あの時ね、あなたはお礼を言って欲しそうだったの。
朝から犬を埋めてやったんだから感謝されて当然。
そういう顔。そういう目。
勿論あたしが勝手にそう思っただけかも知れないよ?
でもね、だからね、あの時「ありがとう」って言えなくて「ご苦労様」って言ったのよ、確か。覚えてる?
(笑う)覚えてないよね。そりゃ作り話だもんね。
でもね、ぜーんぶ作り話だってこと以外は、全部本当なのよ。
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