
モノローグ台本『猫2』
『猫2』本文
作:渋谷悠 原案:吉川種乃
出ておいで、猫2。そんなとこ隠れてないで。
ほうら、もう大丈夫だから、猫1はいないから。
(猫2、出てくる)おいで。よーしよしよし。ほんとにびびりだなぁ、猫2は。でも気持ち分かる。そりゃ怖いよね。生まれてすぐに捨てられてさ、急に知らないおうちの知らない部屋に放り込まれてさ、何から何まで新世界。隠れたくもなるでしょうよ。
(女、猫2にあげるミルクを準備しながら、)
うちはね、ご近所さんがあなたみたいな子を置いてくの。勝手に上がって勝手に野菜置いてくノリで、永井さんち餌あるでしょって。別に「保護猫活動してます」って看板ぶら下げてる訳でもないのにね。
(ミルクをあげて)はい、どうぞ。
たくさん飲んで大きくなりなね。大きくなって、もし誰ももらってくれなかったら、うちの子におなり。
でもそれまでは、情が湧かないように名前は付けない。あなたは、猫2。もしあなたがもらわれて、まだ猫1がいる時に別の子が来たら、今度はその子が猫2。うちはそういう仕組みでございます。
多い時は猫5までいたことあったんだよ。猫3だけね、発音ややこしいんだ。気を付けないと「猫さん」に引っ張られちゃう。猫さんじゃなくて、猫3。
しかし漂ってんなぁ、もらわれなさそうな空気が。
猫5までいた時ね、人間って、あちゃー人間って思ったことがあってさ…かわいい順番にもらわれてったんだよね。誰が見てもキュンとなる猫4が最初。次に整った顔立ちの猫5。模様がかわいい猫2。あなたの前の前の代ね。特徴のない猫1も行って、分かりやすくぶーちゃんの猫3が残った。
もう無理っぽいってなると、お母さんが痺れ切らして名前付けたり、その場にいる人で付けたり、なんか知らない間に隣の家の子が付けた時もあったりしたけど、猫3の時は私もそこにいたのね。
ちょっとぷにぷにしてたから「もち子」にしようって盛り上がって、そしたらお母さんが「女の子に餅はかわいそう。それじゃ将来デブになる」って止めにかかってきて、なんか落とし所として「もっち」に決まったの。
結局みんな「もち子」って呼んで、結局太った。
うちに来てすぐの頃は夜中にすごい声で泣く子でね。でもちょっとずつ慣れてくれて、名前が付く頃にはこの部屋でよく一緒に遊んだんだよ。
もち子は10年くらいいてくれて、ある時脱走したの。
私が自分のことをあまり大切にできていない時期でね、自分がこの世に存在していない感覚があって、猫2にも分かるかなぁ?パズルみたいに空間に穴があって、それは人間の型をしていて、体がちょうどそこに収まるからこの世に存在し得るみたいな。でも私はちょうどよくはまらなくて、はまる穴がなくて…。
でもね、もち子がいなくなった夜、その感覚が一気に無くなったの。
身代わりっていうのかな。あの子が、あの感覚をどこか遠い遠いところへ運んでいってくれた。だからあれから、もち子は帰って来なかったの。
猫2、猫2。あなたの居場所、見つかるといいね。
使用許可について
・公演、ワークショップのテキスト、演技動画をYouTubeにアップするなど、ご自由にお使いください。上演許可・使用料は不要です。
・その際、作:渋谷悠のクレジットを明記してください。
・あわせてモノローグ集穴、モノローグ集ハザマのURLをご紹介頂ければ幸いです。
https://www.amazon.co.jp/dp/4846017575
https://www.amazon.co.jp/dp/4846021947
渋谷悠 脚本・監督!『美晴に傘を』1月24日(金)から恵比寿ガーデンシネマほか全国公開!
モノローグの第一人者、渋谷悠が脚本・監督を務めた映画が公開されます。ラストシーンは、3つのモノローグが絡み合う、映画史に残る言葉の交響曲となっています。
伝えられなかった想いはありませんか?
北の自然を背景に、喧嘩別れのまま息子を亡くした漁師、夫の遺言を守る妻、聴覚過敏の娘が織りなす家族再生の物語。
笑い、涙し、少し考える・・・そして観た後には、大切な人に想いを伝えたくなるような作品です。
キャスト
升 毅 田中美里 日髙麻鈴
和田聰宏 宮本凜音 上原剛史 井上薫 阿南健治
織田あいか 菅沼岳 和田ひろこ 徳岡温朗
スタッフ
脚本・監督: 渋谷 悠
プロデューサー: 大川祥吾 渋谷真樹子
撮影監督・共同プロデューサー: 早坂 伸(JSC)
編集: 小堀由起子/音響効果: 吉方淳二/音楽: 土井あかね
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劇作家・映画監督:渋谷悠とは?

1979年、東京都生まれ。日英バイリンガルの劇作家、脚本家、映画監督。アメリカ・インディアナ州パーデュー大学院にて創作文学の修士号を取得。
日米共同制作の短編映画『自転車』(脚本・プロデュース)が第66回ベネチア国際映画祭を含む世界23の映画祭で入選・受賞。2018年公開の日米合作映画『千里眼(CICADA)』(脚本・プロデュース)はロサンゼルスアジア太平洋映画祭やグアム国際映画祭でグランプリを受賞。『パラリンピック・ドキュメンタリーシリーズ WHO I AM シーズン2(ベアトリーチェ・ヴィオ)』(構成)が第46回国際エミー賞にノミネート。2020年、長編オリジナル脚本『ノアの魔法』でNHKサンダンス・インスティテュートフェローに選ばれる。スクリプトドクターとしても活動し、映画『猿楽町で会いましょう』『死体の人』等で共同脚本を務める。
劇団牧羊犬主宰。舞台『底なし子の大冒険』や『狼少年タチバナ』の映像が国内外の映画祭に入選・受賞。舞台『夜の初めの数分間~画子とひまわりの場合~』は佐藤佐吉賞2023最優秀脚本賞を受賞し、第30回日本劇作家協会新人戯曲賞最終候補作に選ばれる。
著書に、日本初のモノローグ集『穴』、 55本の一人芝居を収録したモノローグ集『ハザマ』、二大人気戯曲を収録した『底なし子の大冒険/狼少年タチバナ』(以上、全て論創社)。
脚本・映像・演技の講師も務める。現在、アクティングスクールのtori studioにて、英語演技クラスを担当。
2024年、JETRO(日本貿易機構)が主宰する現地派遣型監督育成プログラムBeyond JAPANに選手される。