モノローグ台本『中途半端女優』
『中途半端女優』本文
私が「中途半端女優」で自分を売り込もうって決めたのは、情報爆発のこの時代、プロモーション戦略をどうこう考えたからじゃなくて、本当の本当に、それしかなかったから。
ある日気づいちゃったの。あ、私中途半端だ、って。
無色透明、無味無臭、果てしなく没個性。
まずは見た目。正直普通っていうか、美人でもないけど、すっごいブスでもないでしょう。福笑いをやってて、ちょっと慣れてきた3回目、くらいの顔。
どっかの中小企業でお茶汲みでもしてれば可愛い方に入らなくもない。でも女優としては?「可愛い」って形容詞は遠い、お葬式でしか会わない親戚くらい遠い。
一応帰国子女ってナイスな響きのバックグラウンドなんだけど、いた年数が中途半端。3年。確かに英語は話せる。でももっと上手い人はいくらでもいる。
ネガティブだなあって思うんだけど、でもネガティブな人ってもっとネガティブなのよね。
欲しいものは、お金と彼氏。はい普通。
夢は、人をハッピーにすること。はいツーストライク。
悩みは、自分はつまんないって思っちゃうこと。はい悩み自体つまんな、アウト!
私にはね、中途半端を極めるしかなかったの。
そこからは徹底的にやったわ。芸名も、日本で一番多い名字と私の世代で一番多い名前を組み合わせた…佐藤愛。検索しても私のサイトはまず見つからない。
オーディションでも必ず「中途半端女優の佐藤愛です」って言うようにした。
10年かかったけど、中途半端なら、誰にも負けないわ。
個性がないってことはね、そこらへんにいそうな人間なら、ほぼ誰にでもなれるの。
日本の芸能界って演技できない主役と、実力派の脇役と、あとは個性派がチラホラいる感じなんだけど、その人たちの間を埋める「誰でもない人間」が必要なのね。
私は、酔い止めを飲みながら笑顔を振りまくエレベーターガールの役もできるし、大泉学園の裏道の、潰れそうな弁当屋でアジフライを揚げてる店員もできる。
売れすぎたらダメ。散々使い回されてポイ捨てよ。
本当はインタビューなんて目立つ仕事は受けない主義なんだけど、あなたの雑誌は中途半端。芸能雑誌なのかファッション雑誌なのかよくわからない。オマケに売れてない。私にぴったり。
今だって、あなたを感動させないように、あんまり記憶に残らないように、細心の注意を払ってるんだからね。
それなのにさぁ、この間来ちゃったのよ、深夜ドラマの主役のオファーが。
分かってないわよねぇ。中途半端な役が欲しいのよ。空気をやらせろっての。
こちとらそれで売ってんだから。
とびっきりのステーキより、空気の方が必要。ね。
え?断ってやったわよ、当たり前でしょ?
いつまで経っても難しいのはね、中途半端な演技をすること。
最近は、世界中の名作を使ってトレーニングをしているわ。
今取り組んでいるのは、シェイクスピアのハムレット。
あの名台詞を中途半端な演技で言うの:
(中途半端に)生きるべきか、死ぬべきか、それが問題だ。
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