モノローグ台本『最後の営業』
『最後の営業』本文
作:渋谷悠 原案:はやしだみき
(一輪挿しを持った保険外交員の女が、オーガニックスキンケアの店に来ている。)
これ〜飾ってもいいかしら?
ほら、田所さんお花好きって言ってたでしょ?
これお隣さんに分けてもらったの。
広いお庭でね、門の近くには金柑の木があって。
あたし詳しくないから、これなんて花なんですか?って聞いたのよ。そしたらクレマチスって言うんですよって教えてくださって。
殆どその足で、差し上げたくて、来ちゃったんだけども、いいかしら?
ここら辺どうかな?ほら、お店のナチュラルな感じ?田所さんがいつも言ってる草花のエッセンスって感じでしょ?
じゃあ…ここにね、飾らしてもらうわね。
他の外交員さんたちは、ペンとか飴玉とか景品みたいのあるじゃない?ああいうの配ってるんだけど、もうどうしようもないでしょ?
ペンとか飴玉もらったってね、あたしだったら捨てちゃうと思うのよ。
あたしの知り合いなんて、沢山買わなきゃって借金までしてるのよ。
おかしいわよ借金、おかしいわよねぇ?
あの石鹼はそうね、主人に渡して、使ってるみたいなんだけど、ちょっと効果は、すぐにはね、やっぱり肌ってすぐには変わらないじゃない?なんせ生まれつきのものじゃない。
ええ、ちゃんと細胞の再生を促すらしいわよって伝えたんですけどね。
そうそう、肌の生まれ変わりのサイクルのことも。
どうなのかしら…昨日の夜はまだポリポリ搔いてたわね。だから…きっと即効性のある石鹼じゃなかったのかなぁって。
そうね、もうちょっと使わないとね。
でも肌ってあれね、主人見てて思うのは、あんなに痒い痒いって搔くんだったら、かさぶたみたいに剝けてポロポロ落ちて、その下から新しい、痒くない肌が出てくればいいのにって、本当思うのよ。
肌ってね、脱げない服みたいよね。
(女、書類を取り出す。)
あのぅ、田所さん。
お花も勿論あれしたかったんだけど、新しいキャンペーンが始まったのね。ちょっと資料をお見せしたいなーなんて。
んん、でも休憩ってほらまだ、確かここは半までよね?だからあと7分もあるじゃない。まちょっと見るだけ、ね?ちょっと聞くだけ。
いいじゃない。何も契約しなくたって良いんだから、ね?
あたし田所さんの石鹼買ったでしょ。
田所さんの人生の先の先のことまで考えて見積もりを作って…まあ見てくれたことないけど、作って来てるのよ毎回。
何人子供が欲しいか、どういう学校に入れたいか、ね、あなたが旅行好きなこととか細かい情報を引き出して、ライフイベントを考慮して、あたしのプランに反映させてるの。これ完璧なの。
見るくらい良いじゃない。お願いします。
…あっそ。
一体いくつあなたの石鹼買ったと思ってるの?まだゴロゴロうちにあるわよ!
あたし借金までしてあなたの石鹼買ってるのよ!
なのに何よ、主人のアトピー全然治らないじゃない!何がオーガニックスキンケアよ?お肌のターンオーバー?新陳代謝って言いなさいよ!
カタカナ並べてお高く止まって。ヨーロッパの厳しい基準をクリアしてます。だから何?ここは日本です!
(女、一輪挿しを取って、匂いを嗅ぐ。)
あのねぇ田所さん。
保険の仕事って勘違いされることが多いけど、多分、一番、他人の人生について考える仕事だと思うの。
あたしは、あなたの人生について、あなたより考えている自信があるわ。
(女、一輪挿しを置く。)
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