モノローグ台本『証明写真』
『証明写真』本文
作:渋谷悠 原案:長谷川葉生
(対人恐怖症の男、写真屋に来ている。)
あぁ、やっぱり珍しいんすか…。
あのぅ、駅の近くにある、なんだ…証明写真が撮れる、箱みたいな、ああいうとこで、うん、やってもいいんすけど、ちゃんと、なんか人間に撮ってもらいたくて…あ、はい。
自分的に、人と目を合わせてお願いしますっていう、そんな方法で撮った写真を今回使いたいんすよ。
…あ、はい、儀式つったら言葉違いますけど、なんかあんな箱の中で、録音された声の命令に従って撮った写真貼って、それで、ねぇ、それで面接に行くんじゃあなんか違うんすよ。
あ、はい、自分あの…しばらく働けてなくて。
前はアパレルの、まあ色んなブランド持ってるとこの、店長やってたんすけど…もう、ダメんなっちゃって…。
あの、店員のみんなをまとめることが出来なくて。
なんか段々店頭に立つの怖くなったりして、もうずっとバックヤードで伝票整理したり在庫のチェックしたりとか…そっちに逃げるようになっちゃって。
そしたらバックヤード専門のスタッフが応援に来るようになっちゃって、居場所がなくなっちゃって。
ノルマにも全然届かないし…いやつまんないすよね、こんな話。
ちょっとやっと、やっと、人と話せるようになってきたんで、もう1回どっかなにか、世の中の一部に入って行きたいんすよ。だから写真も、ちゃんと世の中の一部でやってる写真屋さんに行こうと思って、来ました。
あ、はい、了解です。
(男、カメラの前に座る。)
いやぁ多分笑顔とかじゃないと思うんすけど…。
(間。シャッター音と閃光。)
あっ、なんかあの、あれすか?撮るタイミングってこう、3、2、1の後でシャッター押すんじゃなくて1で押すんすか?
なんかそれ変じゃないすかね?
あ、まぁ、いやじゃあ、次はどのタイミングで来ます?あ、はい。
(間。シャッター音と閃光。)
やっぱなんか、俺クレーム付けたから次はもしかして1の後で押してくれるかなって思うじゃないすか?ちょっと、見してもらっていいすか?
(男、回り込んでカメラの液晶モニターを見る。)
いややっぱ変すよねこの顔。
いやまぁ元の、元の顔が変じゃんって言われたらオジャンすけど。
普通のタイミングで押してくれれば、やっぱその、心の準備が、そのコンマ何秒で違うんすよね、はい。
(もう一度見て)何すかこれ?これじゃダメでしょ!プロでやってんだから、これじゃダメでしょ!
駅前のあれだったら700円か800円で出来ることを、俺10倍近いお金出すんすから。ちゃんと考えてくんないと、カスタマーサティスファクションを!
(男、自分を落ち着けるおまじないのような動きをする。)
…サーセン。もうダメなんすよ怒るタイミングが変で、はい、あなたのシャッターじゃないすけど。
多分、ずっと我慢してたから、怒れなくなっちゃって。
こんな、ね、怒ったところであなた良い人そうだから、何のリスクも無いことが分かってる時しか怒れなくなっちゃったんすよ。
多分、あんなに我慢しなければ、こんな変にもなんなかったし、辞めたりとかしなくて良かったはずなんすけど。なんだよぅ…優しそうな人にしか声を上げることが出来ない…ごめんなさいごめんなさい。
いい写真が撮りたいだけなんです。
いい写真を撮って、この人大丈夫そうだなって思って欲しいだけなんです。
いや、まずは自分に、自分は大丈夫なんだって証明したいんです、はい。
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