日本人初のミシュラン三ツ星と、10年前に自分がパリで頑張れた理由
センセーショナルだ。
何故なら言うまでもなく本国の伝統をよそ者が最高評価を受けたという事。
フランスは多民族で隣接した国や、植民地などの多様化した文化の中で大きくなった国。
それでもここ数十年は日本人は星は取るものの、三ツ星は居なかった。
「きっとそれは出来ないのかな?」
あくまで自分の意見をだが、日本人勢が今まで少なからず海外でのコンクールなどの評価に疑問符が打たれることもあったからだ。
覆った事で素晴らしい評価が実証された訳だ。
2008年にフランスの地方を訪ねた、そこで日本人で1つ星を取ったシェフが居たからだ。
その街は本当に田舎にあるんだが、お店はNYの5番街にあっても遜色ないほど異彩を放っていた。
その時のシェフの言葉は
「念願の星を取れて夫婦で泣いたんだよ」
自分は菓子を志す者なので星を目指す感覚が分からなく、目指すものが違うと重みの感じ方も違うのかなとそう思ったあとの言葉が衝撃的。
「星獲得後の業者や街の行政の対応、今までと同じ金額で素晴らしい素材を納品したり、この地域を美食の街にしたい行政から手厚い援護、情報など貰ったりと、自分達も驚いた。」 と、
そんな事あるんだ。。って素直に思った。
レイシズムがフランスは強いと思っていたけど、良いものは良いとしっかり言える文化でそれは敬意を払うべき処。
10年以上前にパリで見習いでスタートした時、日本で7年の経験を持っていたので
「仕事はどうにか出来るだろう」
という根拠のない自信を持ち、フランスの職場に入ったのだがそれは早々に打ち砕かれた。
東京ダイナマイト風にいうとそう思ってた自分をぶっ飛ばしたいって感じ。
まずコミュニケーションが取れなければ何か出来るものもない。
断片的な仕事しか出来ず、指示も理解出来なければその場に立っている意味さえないのだ。
その後、現地の語学学校で猛烈にフランス語を打ち込む。どこの語学でも同じだと思うけど1から習う言語と口語はかなりの差があり、適応出来るのにはかなりの時間が必要。
朝から仕事で終わったら学校。
なかなかハードなその日々を過ごして来た訳だけど、少しずつ認めてもらい2年かからずその店のセクションシェフにして貰えた。
滅多にないけどパトロン、シェフ、スーシェフが居ない時は全ての決定権を持つ事に。
辿々しいフランス語でもそういう信頼をされるとは。
日本人では考えられない思考なのではと当時思った。
話は戻って、今回のミシュランは長らく日本人シェフ達がフランスで築いてきたものも土壌にあるだろう。
メディアは快挙だとこぞって取り上げるが逆に日本で外国人料理人が、寿司や和食で評価されるのは殆ど見たことがない。 最初からイロモノ扱いする所に鎖国感は未だに根強く残る。
三ツ星獲得の話は自分のちっぽけな話とはかけ離れた全てを揺るがすニュースだが、それによってフランス時代の回顧の念が湧き上がり、結果的に自分のパリ時代は
「仕事が出来てたからどうにかなったのかな」
と思うと何とも皮肉に溢れていて、失笑気味で文章をまとめている。