シルエットさんと雨の音色
朝方から降り続いた雨が上がって、羽衣町行きのバスを待つ間、僕はカバンから取り出したテストの答案用紙とにらめっこをしていた。
チャーリー、とても大きいお丸をつけてもらったのね! と、たる美が屈託のない笑顔で(でも表情は常に固定)そう言ってきた。
ありがとう、たる美。でもこの世の中、全ての丸が良いとは限らないんだ。
数学の証明問題が解けなくて、そのあとの問題まで時間を回すことができなかった。でも、アルファベットなんかで距離を説明することなんて僕にはできない。だって、そんな簡単なことじゃない気がするんだ。
隣に腰かけているおしょくじくんに向かって答案用紙をペラペラさせながら、初めて0点取っちゃった。と、話かけた。
すると、おしょくじくんは急に真顔になって、(でも表情は常に固定)
「チャーリー、よく聞いて欲しい。人生は100点のテストで決まったりはしないんだ」と言ってきた。
へ、何それ、なんかの格言? と聞こうとしても「0点を取ったときに、それでもなんとかなるって思えるかどうかで決まるんだよ」と、言う。
おしょくじくんの話はさらに続く。
「100点を取って笑っていることと、0点を取って笑っていることは、違うっていうことさ」
そうか、そうなんだ。なんだかよくわからないけれど気が晴れてきた。このテストが僕を決めるわけじゃないってことだよね。
ありがとう。と伝えると、おしょくじくんは僕の後ろの方に視線をやって、
「ほら、シルエットさんだってうなずいているじゃないか」と言った。
そう言われて辺りを見回しても、北風と太陽ごっこをしているたる美とドングリングリン以外は誰もいない。
おしょくじくんがまた同じ方向を見て、丁寧に会釈をした。たる美もドングリングリンも後に続いた。
やだ、こわい! 僕には見えない! そんなこと言わないでよ! と、歌を歌いながら無視をするおしょくじくんをつんつんしてから、僕はテストの答案用紙をカバンにしまった。
けれども、なんだか優しくて、大きくて温かな視線をどこからか感じたので、僕も空に向かって丁寧に会釈をした。
そうこうしているうちに「羽衣町行き」のバスが到着したので僕たちは順番に乗り込み、一番後ろの座席に座った。
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おしょくじくんたちは誰もいないバス停に向かってしばらく手を振っていた。
僕たち以外のバスのお客さんは、一組の家族だけだった。まだ生まれてほんの数ヶ月くらいのふわふわした赤ちゃんと優しそうなお母さん、そして小さなギターのようなものを持ったお父さんが、僕らの斜め前の席に並んで座っていた。
しばらくすると、走り出したバスの振動に驚いてしまったのか、赤ちゃんがぐずりはじめてしまった。
するとお父さんが、バックミラー越しの運転手さんに、少しいいですか、と小さくギターを持ち上げて見せた。
運転手さんも同じように鏡越しでどうぞ、と合図をしたので、そのあと僕たちの方を振り返ったお父さんに僕もどうぞ、と合図をした。
それから、お父さんはゆっくりと優しく、その小さなギターを弾きだした。
バスの窓ガラスの向こう側にまだ残る雨つぶが、お父さんの爪弾くギターの小さな音に合わせて、ポロンポロンと流れ落ちている。
眠れずにぐずっていた赤ちゃんは、いつの間にか眠っていて、僕らもその柔らかい音色のおかげで、うつらうつらとしはじめていた。
おわり
さかぐちさんのお話。第6話「シルエットさんとおしょくじくん」
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