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【多発性骨髄腫:忘備録】まだまだあるリハビリ方法



感覚を戻すことに専念

とにかくまずは前回の内容の通り
感覚が無くなってしまっているので
ダメ元で私の脳に触れていることを覚えさせようと必死でした

何度やってもできなくて
入院中何度も泣きながら
右麻痺の方のYouTubeをみては
この方もこんなに回復したのだから私もまた歩けるはず!
と自分に言い聞かせて毎日やりました。

靴は何度も履けないけどとにかく1日何十回とやり続けました。

足の感覚を戻すために

特に足の感覚は戻したかった

歩きたかったし
何よりも車が運転出来なければ
子供の送り迎えが出来ない…
誰かに頼れる環境ではありましたが

私は私が送りたかった

福祉勤務の時のリハビリ方法の中で
1つのリハビリ方法を思い出した。

麻痺側の足元にタオルを置き
麻痺側の足で探して掴む

これなら寝たままでも出来ます。

麻痺ですから
どこにタオルがあるかわかりません。
麻痺ですが
足の指は動きます(ここに感謝)
力は入りませんが、動くだけでかなり希望がもてました。

ひたすら特訓‼️
目を瞑ってやりますが、本当わからないから
目を開けて場所をかくにんしてやって
目を瞑ったままにしてやってみて

これをひたすら繰り返します。

場所がわからなくても
足の指でタオルを握る運動もして
掴んで上に上げる練習をベッドに寝ながら

ひたすらやりました!

時間は沢山ありますから💦

文字が書けません

次は文字でした。

私は右利き。何とかスプーンは掴めて自分でご飯は食べれました。

鉛筆も持てましたが

字が全くかけませんでした。

字を書くって、細かな筋肉をつかって動かしてるんだなぁって実感したのを覚えています。
ミミズが這いずったような字
一字1字書くのにかなり時間がかかるしかけてないし(笑)
今では(笑)がつかえますが
当時の私は全く笑えません…
むしろやばいの感情しかなかった

字が書けなかったら
学校の提出プリント書けないじゃん…

とにかくマズいと思いました。

食事の時は椅子に座るので
その時にノート1枚分みっちり
字の練習をしました。
何を書いたかと言うと

家族むしれろ子供の名前だけ

子供の提出プリントに絶対名前かくじゃないですか!!
とにかく名前がかければ何とかなると思って
こちらも意識が戻って
まだオムツも履いてる中
名前書きまくりました!

面白いことき1日1日
少しずつですが書けるようになっていく

字を書くことが1番、できるようになる
を感じたことでした。

いや、書けるっていっても上手にはかけませんよ💦

読めない字

から

読める字

になるだけです。

でも、その時の私には
出来るようになるっていうことが
希望でしたのです。

つづく


次回は
まだまだまだ行くよ!入院中のリハビリ

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