ままならないから私とあなた 解説

この小説は、「レンタル世界」という短編と、表題の「ままならないから私とあなた」という中編の2作品が収録されている。どちらも、登場人物の信じてきた世界が揺るがされ、壊されるような破壊力がある物語となっている。55頁の「なんか勘違いしてない?」(レンタル社会)と256頁の「何でこんなことするの?」(ままならないから私とあなた)によって口火を切られた2組の価値観の対立によって、自分が大切にしているものが相対化される作品であった。

恥ずかしいことも何でもさらけ出し、正直に相手に伝え、自分のありのままの姿を見せることで、豊かな人間関係を作ることができる。そう信じる雄太が、人間関係をレンタルするサービスを行う芽衣と出会う。雄太は、芽衣に本物の信頼関係で結ばれている人がいることを知ってほしい、その関係性だけが生み出す幸福感を、自分との関係で抱いてほしいと考える。自ら芽衣にレンタル彼女を依頼した雄太は、大学と会社の先輩で、本物の信頼関係で結ばれている野上先輩の家族を2人で訪問する。野上先輩の奥さんの手料理を囲み、4人で楽しい時間を過ごした。しかし、芽衣は野上先輩の奥さんがレンタル家族であることに気づいてしまう。芽衣とも本物の関係を築きたいと話す雄太。雄太の信じてきた価値観は、次第に明かされる野上先輩の隠された真実によって崩れていく。「レンタル世界」を読むことで、深い人間関係や本物の信頼関係というものは本当にそう言えるのか、人間関係をレンタルすることの是非について、思考を深めることができるだろう。

「ままならないから私とあなた」は、価値観が大きく異なりながら、小学生時代からいびつな友情を結んでいた雪子と薫の人生観が、大人になったある日真っ向からぶつかる場面が見どころである。2人の友情は、常に何か破裂してしまうのではないかという予感が漂っている。無駄なことは切り捨て、効率を重視し、人生をコントロールしようとする天才であった薫と、無駄と思われること、人間らしさに価値を置く雪子。作曲家を目指して自分らしさと向き合う雪子と、雪子のためを思って作曲ソフトの研究に取り組む薫。2人の価値観に基づく言葉・行動は、共に説得力があり、どちらが正しいということはないのだろう。自分自身は、「できないこと、分からないこと、コントロールできないことが自分の中にあることを、そんなに怖がらなくていい」と言った雪子に揺さぶられた。そして、「自分の人生にとって都合のいい新技術とか合理性だけ受け入れて、自分の人生を否定される予感のものは全部まとめて突っぱねるって、、そんなのずるくない?変化していく社会に理解がある顔して、自分だけは自分のままでいたいんだよ。」と言った薫にも揺さぶられた。


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