親バカな自分の話~バトン受け取りまして~
チェーンナーさんの恒例となっている企画があって。そこ、ここでバトンが回っているのを横目にして、楽しそうだな~と思いながら、自分に回ってきてしまったらどうしようなどと妄想を膨らませていたら、大好きなゆずさんからお誘いいただいた。私のこと、思い出して下さってありがとう。
山間の田舎の地域で生まれ、地味に生きている自分だし、最近は物忘れもしやすくて、大きなエピソードや感動エピソードなどほとんど心当たりなく過ごしてるけれど、平凡な日常の中で思うことを少々書いてみる。今回は企画なので、家族のこと。
私の大事な宝物は、家族。順番は付けられないけれど、一番大事なのは息子。そんな息子の良いところ、これはマネできないな~って感じてること。それは、空手をめげずに7~8年続けたこと。習い始めたのは本人の希望ではなく、親の強制だったのに!
運動が苦手でおっとりのんびりした小学校低学年の頃、いじめられて泣いていたとか、同級生の輪に入れないとかの我が子の噂が耳に入った。当時、子育てに自信もなくて、狼狽えた夫と私は、せめて強い心だけでも身につけさせたいと地域の空手塾の門を叩いた。狭い街なので、指導者は同級生の親、同級生や学校の児童も何人か参加していた。
親の目から見ても息子は不器用で、少し怖がりで型も組み手もずば抜けて下手。普通は1段階から2段階くらいの飛び級が当たり前の昇級試験でもお情けの半級がやっといただけるくらいの腕前であった。始まり終わりの挨拶では上級者から並ぶのだけど、一緒に入った子どもたちがドンドン前に行き、いつしか3歳ほど年下の子どもたちにも追い抜かれて、いつでも最後尾に並んでいる息子の姿を見るのは、親として切なく忍びなかった。
「嫌だったら、辞めても良いんだよ」ってしばしば思ったし、練習に行きたくないなら、辞めたいと言い出したら、それを認めようって数年後には思ってたし、実際小学校6年生くらいの時には、口に出して聞いてみた。
息子の態度はいつも飄々として、ダメな自分を自覚してないはずはないけれど、別に落ち込む姿を見せることも、反動で暴れるなどということもなく、もう少し続けるよ~別に嫌ではないよ~って言っていた。
中学校の2~3年生になって部活とか高校受験とかの両立が難しくなるまで、空手には参加してたんだけれど、辞め時は親子で相談して納得できるものだった。
自分が息子くらいの年齢の時は、自意識過剰でダメな自分、できない自分を数えて落ち込んだり、自己嫌悪に陥ってばかりだった。親を越えた息子。
できないこと、足りないこともあるけれど、それ以上に頑張ることができて、自己肯定感の高い息子のことを立派だなって認めたい。黒帯などとても望めなかったけれど、数年間、一つのことを続けたのは、それ以上の価値があったと思っている。息子なりにいろいろ考えたり悩んだり、葛藤みたいなものもあるかもしれないけれど、一つ一つの体験や経験が大きく育ててくれてるのかなと思う。親として、大したことはできてないけれどここまでこんな風に育ってくれてありがとうって思う。
ここまで、読んで下さった方、どうもありがとうございました。下手でも、めげないで続けたよ、って一言で終わるエピソードなんだけれど・・・・
バトンは、kakiemon さんに繋ぎます。少し悩んだけれど、って言いながらも受け取っていただけてありがとうございました。
彼女とは、「夫の親と同居しているお嫁さん」の立場が共通していて、戸惑いながらも夫の家で自分の足場を築いていく、そんな記事にいつも励まされ共感しています。よろしくお願いします。