引退セレモニーに思う
9月終盤になるとプロ野球界では引退の声が聞こえ始める。
何年プロ野球ファンを続けてきても胸がしめつけられる思いで一人一人の名前を確かめる。
ただ、引退を選べる選手はごくわずかで、ほとんどの選手が10月に入って発表される戦力外通告によって今まで在籍していた球団のユニフォームを脱ぐことになる。
引退を選べる権利を持った選手たちは引退セレモニーを行うことが多い。
時には、試合に出場して引退試合となることもある。
東京ヤクルトスワローズでは館山昌平投手と畠山和洋選手が引退試合を行い、三輪正義選手が引退セレモニーを行った。
引退セレモニーは他の誰でもない、その選手のためのイベントである。
それに対して引退試合はチーム状況ならびに相手チームの状況いかんでは、その選手が主役になってはいけない場合もある。
館山投手、畠山選手の引退試合の対戦相手は中日ドラゴンズだった。
スワローズはすでに順位も確定して、消化試合と呼ぶに等しい試合だったので、その試合を引退試合に充てることは何の問題もないだろう。
しかし、対戦相手のドラゴンズはCS進出もかかる試合だった。
そのため、引退選手へ忖度をはたらくことは難しいと思うのだが、それでも結果を出させてくれたドラゴンズナインには感謝しかない。
ただ、本当にこれでいいのだろうか?
やはり、公式戦は真剣勝負に変わりはない。打者は安打1本が給料に関わるし、投手もアウト1つがお金に代わる。チーム順位が一つ違えばCSに進出するしないで球団が得る売上は大きく変わってくる。
そういう状況下で引退試合を行うことは失礼でないかと思う。
引退試合はサッカーのようにそのためのエキシビションマッチにするなり、オープン戦で行うなどの工夫が必要だと考えられる。
ただ、引退セレモニーは公式戦の終了後に行っていいと思う。
もちろん、公式戦と同じ流れでその試合のヒーローインタビューが終わってからの話だ。
三輪選手は雨でコールドとなった試合の後に引退セレモニーが行われた。
三輪選手と言えば、雨天で試合が中断や中止になった時にヘッドスライディングをするパフォーマンスがファンの間ではお馴染みだ。
この日の雨も三輪選手に打ってつけの舞台と言われた。
「三輪らしい」引退セレモニーと言う人が多かった。
しかし、三輪らしいとは何だろうか?
三輪選手は12年間というプロの荒波をこのパフォーマンスで乗り越えたわけではない。
誰よりも早くグラウンドに来て練習する努力、投手以外のどのポジションでも守る究極のユーティリティー、持ち前の脚力に加え洗練された技術をもつ走力、そしてチームでもっともうまいと言われるバント技術。
これらが三輪選手が12年間プロで生き残った証といえるのではないだろうか?
「三輪らしい」雨中のパフォーマンスはファンが押し付けた三輪らしさであり、本来の三輪らしさはそこにはないように思う。
ただ、プロ野球選手の使命が「ファンを魅了すること」であるのなら、三輪選手はこの日のセレモニーで使命をマットウしたともいえる。
だが、やはり打席で犠打を決め、守備で全ポジションを守る三輪選手を見てみたい。先に行ったようにエキシビジョンマッチでも先日行われたドリームゲームのようなかたちでもいいからぜひ実現して欲しいと思う。
また、引退セレモニーはあくまでもその選手が主役であり、その選手が積み重ねたプロ生活にチームメイトやファンが敬意を払い、労をねぎらうことが目的だと思っている。
その中で胴上げの際に山崎晃大朗選手が三輪選手と同じ高さまで持ち上げられて、笑顔で三輪選手を見つめている姿を見て、非常に不快に思った。
これは前日行われた畠山選手の引退セレモニーでも見られたが、こういう悪ふざけは選手自身が許しても、その選手のファンや家族はどう思うだろうか?
翌日にも同じ行為が行われるということはチーム内にそういう意識や疑問がないということなんだろうと思うとプロのアスリートとして互いをリスペクトする気持ちが欠いているんじゃないかなと思う。
引退の時の胴上げの写真に本人よりもはっきり顔が映っているチームメイト。このシーンがその選手や周囲の人にどのように刻まれるか考えていない浅はかすぎる行動だと思う。