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50歳以上のマネジメントを始めます!!

どうもみなさん、こんにちは!
オジコミ代表のゆるリーマン(28歳)です。


2017年4月に広告会社に入社し、2022年5月末で退社。
そして、オジコミという50歳以上をマネジメントサポートする団体を立ち上げました。現在は法人化するべく日々奮闘中。


今日は記念すべき初投稿ということで、
ゆるリーマンとオジコミについて説明していきます!

ゆるリーマンの経歴。

1994年7月12日に父の実家徳島で生まれる。
その後、大阪へ引越し。
大阪の保育所へ通うも、体を動かすこととイベントが好きで記憶に残っているのは、ドッヂボールとお泊まり会のカレー作り。
その頃見ていたテレビとゲームも記憶になく、
保育所でドッヂボールをして家に帰ってご飯を食べて寝る。
そんな生活を送っていたのかもしれません。

ゆるリーマンの小学生時代

小学生の時は野球チームに所属していたので、
土日は野球、平日は休み時間のドッヂボールや修学旅行、
バレンタインデーなどイベントの記憶しか残っておりません。

ゆるリーマンの中学生時代

中学生の時は野球部に所属していたので、
自分が活躍した試合や練習終わりにカラオケに通っていたことは鮮明に覚えています。

ゆるリーマンの高校生時代

高校生の時はひたすら読んだ漫画や夜11時くらいに友達から「明日京都行こう!」と連絡があり、9時に起きて京都へ行ったことを今でも覚えています。
高校生だけで他府県に行けるのか?襲われないか、お金は大丈夫か、色々と不安はありましたが、行ってみるとめちゃくちゃ楽しい。
多分、来週に行こうと言われると、何かと理由をつけて断っていたと思います。でも勢いで行ってみるとそこには異世界が広がっていました。
京都の大学でかい!清水寺からの景色すごい!なんかみんなお上品!
見るもの全てが初めてで本当に刺激的でした。

京都大学前で歩いていると着物を着た女性2人組に声をかけられました。
なんと東京大学の方でした。京大生と写真を撮りたいと言われ、京大生じゃない私と友達含め4人で写真を撮りました。今思えば本当に申し訳ないです。

それからの高校生活はハマっていた漫画「君のいる街」の影響で東京への憧れが強くなりました。広島に住んでいた主人公が好きな子を追いかけて東京へ引越す姿を見て、私も熱く情熱的に、好きなものや人に対して真っ直ぐに生きたいと思いました。

ただ、大学受験は東京の大学を受けるも全落ち。結果的に大阪の大学に通うことになりました。

大学時代は東京への思いを捨てきれず、編入試験を受けるも失敗。野球サークルやイベントサークルに入るも熱くなれず、遊んだりバイトしたり気がつけば大学4年生に。

印象的だったのは
お惣菜屋でバイトリーダー的な感じになった時とグアム旅行。
バイトでは自分で指示を出して、目標を達成するプロセスが楽しくて、学校行くよりバイトしたいと思っていました。気付いたら月15万円稼ぐこともあり、学校よりバイトにいる時間が長くなりました。

このバイトで学んだことは、「人」で買ってくれるということ。
お惣菜が美味しいというのはもちろんですが、
百貨店のお惣菜コーナーで選んでもらうのはなかなか難しい。
そして毎日店頭に立っていると気付くのですが、
常連が多いです。その常連の方に選んでもらわないといけないと思い、
必死に声出しをした記憶があります。

そして、もう1つ印象的だったのはグアム旅行。
海は綺麗し、料理はでかい肉。こんな良いところはない。
服装はみんな半袖半パン、タンクトップでも違和感がない。
こんな開放感ある町が大好き。

こんな暑いのに日本人はなぜスーツを着るのだろうか。
長ズボンを履くのだろうか。半ズボンを履くと下から風が入り涼しいのに…
ゆくゆくは都会に開放感ある街を作りたい。そう思ったのはこの時でした。

大学4年生になり就職活動スタート。
東京で就職する!という軸だけを持ち、業界研究もしないで面接を受け、ひたすら落ち続ける。
某スーパーゼネコンで有名大学の人達とインターンをしたから自分ができる人間と勘違いしていました。

お祈りメールが届く中、
エントリーすれば9割内定がもらえる会社を3社ほど受け、
とりあえず内定だけもらい、
どうしようか悩んでいたときに広告会社から採用のメールをいただきました。

面接時は
面接官をしていた社長が9割ほど話しており、
終わった後も手応えがなく、不採用かと思っていました。
最終面接時も3人でグループディスカッションがあり、
1人優秀な女性がいたので、
その子が採用になると思っていました。
内定のメールがきた瞬間はすごい嬉しくて、
今でもGMAILにその時のメールが入っています。

月日は流れいざ就職。
東京配属になり、高円寺に住むことになりました。
毎日ドキドキワクワク、最高の毎日が始まる。

と思ったのも束の間、
東京は家賃が高く、家賃補助が出ない私は生活がかなり質素になっていました。毎日業務スーパーでうどんともやしを買い、食費を100円以内に収めていました。でも東京に来たからには遊びたい!と思い、金曜日の夜と土曜日の夜は新宿や渋谷へ飲みに行ってました。(その結果貯金0)

横から聞こえる標準語での会話が新鮮で感動したことを今でも覚えています。私にはまだまだ知らない場所があると思い、栃木や新潟、千葉、神奈川などいろんな所へ行きました。

47都道府県を制覇し、いずれは海外も制覇したいなあと思っています。

仕事では、自分はできる人と思っていたが、全然できなくて落ち込むことがありました。やる気も起きず、与えられた仕事をする受け身な人間でした。遊びではあんな積極的だったのに、仕事になると受け身。
やっぱり楽しくないのだろうか。
1年半後、ちょっと楽しくなってきました。
理由は自分の案件を持てたから。
自分でスケジュールを決めて、動いていく。
それが自分には合っているんだと思いました。
休みの日に仕事のことを考えたこともなかった自分が考えるようになりました。

3年目から大阪へ転勤(異動)
まだまだ東京で遊びたい気持ちがありましたが、
大阪での仕事も経験したいと思っていたのでラッキーでした。
おまけに家賃補助も出る!

3月1日から異動の予定でしたが、
2月28日に大阪事務所へ挨拶に行きました。
すると驚いたことに、
営業部は50歳以上がほとんどではないか!!

東京と全く違う環境に驚きました。

挨拶後は営業部でサイゼリヤに行きました。
どうやらサイゼリヤのマグナムという赤ワイン1500ml(1000円)にハマっているらしい。確かにコスパが良い。飲んで食べても1人1000円でした。

ただ、この1000円という安さが問題でした…
飲み会は月1かと思っていたら、毎日でした。
お酒は好きなので、毎日飲んでいると健康診断で初めての「C」、正直焦りました。でも話が面白く、勉強になるので、飲み会には基本的に参加していました。やめる直前は節約のためあまり行ってませんが…

そんなこんなで毎日のように飲みに行ってた50代・60代の方達ともっと働きたい、色んな事を教わったので恩返しもしたいという思いから50歳以上の方をマネジメントサポートする「オジコミ」を立ち上げました。

色々と省略しているところもありますが、
大まかにこういう経歴です。

文章が下手くそなので、アドバイスやご意見、ご感想いただければ幸いです。

明日は「オジコミ」について。



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