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わたしの背中を見ていてほしい
ゆるりママです。
今回は「優しい娘との日常」シリーズです。
他の投稿もマガジンにまとめています。
小学一年生の娘は、繊細な優しい人。
気質よりも年齢的なものかと思いますが、
「ママと一緒なら行く」
「ママと一緒ならやってみる」
ということが多いです。
娘の要望には、「一緒にしたい」のほかに、
「見ててほしい」があります。
例えば、幼稚園の年少から始めた体操クラブ。
体操そのものが楽しい様子ですが、それに加えて「ママが見てくれているから頑張れる」が今でもあるようです。
わたしがそれに気付いたのは、体操を始めて少し経ってからでした。
体操クラブを始めたばかりの頃、わたしは仕事が忙しく、なかなか娘の様子を見守ることが出来ませんでした。終わり頃に到着して、帰り道に今日やったことの話を聞くのが常でした。
体操を始めて1ヶ月を過ぎた頃のこと、
クラブに参加はするものの、途中で何かのきっかけで嫌になり先生の手を焼かせることが数回続きました。
ある日、
体操クラブの中盤から様子を観に行ったところ、はじめから見ていたお友達のお母さんが教えてくれました。
「娘ちゃん、ママに見ててもらいたいのかも」と。
その言葉を聞いてハッとしました。
そうか、娘はママが見に来てくれることを心待ちにしていたんだ。他のお母さんが来る中、自分のママはいつも最後。しょんぼりしている時に上手くいかないことがあって、心が荒れてしまったのかと。
教えてくれたお友達のママには、感謝しかありません。
逆の立場だったら、ちょっと言いにくいことだったかも知れない。だけどそのママは率直に教えてくれたのです。
今でもそのエピソードを時々思い出します。
そして、小学生になった今でも「ママに見守っていてほしい」は変わらず。
できるだけ、参観させてもらってます。
娘に、ママ来ないでっと言われない限りは、見守り続けたいな。
…ちなみに、わたしが「見ててほしい」サインに気付けなかったのは、理由がありました。
わたし自身は、物心ついた時には「母が見に来ると恥ずかしい。来ないで。」と思っていたから。自分を見られるのが恥ずかしい、というよりは、他の友達に母を見られるのが恥ずかしいという感覚でした。ひねくれていたなぁ。。
そんな母とわたしの話もいつか、記事にしたいと思います。(書いているけど筆が進まず、、です。頑張ります。)