終幕「彼女は後悔し、彼はしなかった」
──ごめんね。あたしの勝手で、あんたまでこんな生活させて。
──またそれを仰るんですか。
──つらかったでしょう。人里の空気は。
──いいえ。丈夫な家系なので。高峰が産まれるまでの間、あなたを独り占めできたのが、私のこれまでで一番幸せな時間でした。
──あの日、山を降りた、あの日に戻れるなら。あたし、あんたを連れては来ないわ。
──お連れください。
──だめよ……。
──ついてきます。絶対に。
──あたしがそう呪ってしまったのかしら。ごめんね。あたしのようにはならないでね。あたしが死んでも、ちゃんとするのよ。ときどきは思い出してもいいけど、でも、ちゃんと忘れるのよ。
──無理です。
──…………。
──愛しています。
──あたしもよ。可愛い子。ずいぶん、大きくなっちゃったけどね。
──はい。
──泣かないの。大きくなったんだから。
──無理です。
──あんたと最後に寝たのはいつだったかしら。……結構、前よね。……あれが最後だってわかってたら、もう少し色々してあげたんだけど。こんなお婆ちゃんになっちゃったら、もう無理ね。
──……………最後だとわかっていたら、……もっと、もっと優しくしたのに。だって、俺は。
──泣かないの。あんたはいつも優しかったわよ。ときどき、ふふ、怒ってるときは、少し乱暴だったけど。
──行かないで……ください。
──ごめんね。
──…………あと…………どのくらい……?
──どうかしら。明日かも知れないし、病床のまま一年くらい生きるかも知れないわ。それなら早い方がいいわね。あんたたちに看病させて疎まれるのは嫌だわ。
──何年でも看病します。ずっと居てください。お願いします。……お願いします。
──ごめんね。
──俺は、故郷も、家族も、全部無くても、あなたがいればよかったのに。
──…………。
──あなたが、師なのか、母なのか、妻なのか、女なのか、わかりませんでした。でも、一番……世界で一番、愛していました。
──ごめんね。
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